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不貞行為第三者責任岩月論文紹介-肯定説の批判的検証

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平成25年 2月23日(土):初稿
○「不貞行為第三者責任」についての最近の抑制的判例を2件紹介しましたが、この問題について「岩月論文」紹介を続けます。
私の不貞行為第三者責任についての考え方は、古くは平成11年12月発行鶴亀通信第6号「不倫の法律」の「補足解説」に「夫婦関係の基本はあくまで当事者の気持ちの結びつきであり、その気持ちの結びつきは、打ち首、刑務所行き、金銭支払強要等の外圧で保とうとしても所詮形だけの結びつきに過ぎません。」と記載したとおりです。

○そこには「やがては不倫相手の損害賠償義務を否定するのみならず、夫婦当事者間でも不倫の損害賠償義務が否定される時代が来るかも知れません。夫婦間の貞操はあくまで個人の完全自由意思で守るべしとの考え方です。」とも記載していましたが、以下の「岩月論文」に紹介されているとおり、実際、偉い学者さんたちは、「夫婦間の貞操はあくまで個人の完全自由意思で守るべし」との見解を表明されていました。

○以下の「岩月論文」では、「夫婦関係の維持に対する努力を棚に上げて、他人に手出しをさせないようにバリアを張ることで、不貞行為を防止しようとする発想自体が『婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない』とする正当な婚姻観から外れていると思われる。」とズバリ述べられていますが、私が10数年前から考えてきたこととピッタリ一致します。

○私は、間男・間女?の責任追及は、その夫婦関係維持のためには百害あって一利なしで、却って夫婦関係破綻に手を貸す結果となると確信しております。ですから、夫婦関係維持を目的に間男・間女?の責任追及の相談があった場合、この問題についての種々の考え方があることと、その責任追及は夫婦関係維持には逆効果であることを説明し、発想の転換をアドバイスします。完全に破綻して離婚となった方からの間男・間女?に対する損害賠償請求のご依頼については、私の考え方を丁寧に説明申し上げて、受任して頂ける他の弁護士を紹介しております。


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4 肯定説の検証
(1)肯定説概観

 肯定説は、①婚姻家庭における身分関係を基礎とする愛情的利益は、法的保護に値するので、侵害や破壊から保護しなければ、婚姻家族を維持することができない、②婚姻の安定のためには、不貞行為の相手方に法的責任を取らせるのが支配的モラルであり、国民一般の法意識である等と説く(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判タ1041号31頁・乙2)。
 いずれにしろ、そこには、政策判断が優先しており、法理論らしきものを見出すのは困難である。

(2)政策判断の二重基準 価値観の歪み
 しかし、仮に政策判断を優先するとしても、果たして婚姻家族を侵害し、破壊するのは、不貞行為の相手方しか存在しないのか疑問がある。

 今日、大企業では、全国にわたる転勤命令が当然のこととしてまかり通っている。数年以上にわたる単身赴任等という例も少なくない。単身赴任が契機となって意思疎通を欠き、離婚に至る例も稀ではないであろう。婚姻家庭の保護のために貞操請求権が対世効を有するのであれば、こうした転勤命令によって侵害される夫婦間の同居請求権について、配偶者は、企業に対して、賠償を求めることができるはずである。不貞と異なって、転勤命令には、配偶者の自由意思が介在する余地すらないのであるから、不貞行為の第三者が不法行為責任を問われるとすれば、有無をいわさぬ命令によって同居請求権を侵害した企業は当然、配偶者に対する不法行為責任を負うというべきである。しかし、寡聞にして、かかる賠償が認められたとの事例を知らない。

 ここには夫婦間の義務の内、貞操請求権のみに対世効を認めて特別扱いする二重基準が見て取れる。第三者による婚姻家庭侵害の内、なぜ貞操請求権侵害のみを特別扱いするのであろうか。突き詰めれば、そうした価値観の根底には、実は「子の父の同定」という隠された目的があるのではないだろうか。妻の姦通のみを処罰した戦前の法意識が、男女平等の建前の下、夫にも貞操義務を認めることで、形式的整合性を整えながら、基本的には家父長的な家制度の残滓として、貞操請求権に特別の位置を与えていることが透けて見える。

 対世的に貞操請求権のみを保護することによって、婚姻家庭を保護しようとする主張は、美名の陰に隠された家父長制意識の裏返しである。貞操請求権のみを特別扱いするのであれば、仮に男女に同等の権利を与えたように見えても、実際上は、妻たる女性に偏ってかかる抑圧として存在し続けるであろう。

(3)政策判断の妥当性
 肯定説は、第三者の不法行為を認めることが、不貞行為を抑止するのに有効であると考えているようである。
 しかし、果たしてそうだろうか。

 かかる認識に対しては、まず婚姻観に対する正当性が問われなければならないであろう。不貞行為は、第一次的には、配偶者に対する義務違反に他ならない。基本的に夫婦間の問題であり、夫婦間の問題として処理するのが大原則である。夫婦関係の維持に対する努力を棚に上げて、他人に手出しをさせないようにバリアを張ることで、不貞行為を防止しようとする発想自体が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とする正当な婚姻観から外れていると思われる。

 第2に、そもそも第三者に不法行為責任を認めることで、不貞行為を抑止する効果があるかも、疑問である。否定説は等しく、この点を疑問視している。そもそも不貞行為を行う配偶者自身は、義務違反であり、違法との評価を受けることを覚悟している。家事財産給付便覧所収の判例を概観しても、現代よりはるかに貞操観念が厳しかった時代から、人間のやることは変わらないというのが率直な感想である。姦通罪が存在した時代にすら、不貞行為が絶えなかったことは、当時の文学作品を読めば、十分に理解できる。第三者の責任を認めることが不貞行為を抑止する効果があることは、何ら実証されていないのである。諸外国の立法例や確立した判例も、第三者に対する損害賠償を認めない例が増加している。そこでは、等しく防止効果には意味がないとされている(前田達明「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁)。

 第3に、かかる慰謝料請求を認めることの弊害も問われなければならないであろう。家事財産給付便覧550頁の481には、「慰謝料の額について、島津一郎教授は次のように注目すべき見解を述べている」として島津前掲が紹介され、慰謝料請求が脅しの材料になること、弁護士の関与が高額化を招くとの批判が紙幅を割いて取り上げられている。引用部分はいささか品位に欠ける文章だと考えるので、敢えて要旨に止めたが、弁護士大増員時代を迎えて、島津の弁護士に対する偏見は、現実になる可能性を帯びてきたというべきかもしれない。四宮はより洗練された表現で「相姦者に対する慰謝料請求権を認めても金銭による満足的作用や予防的効果を期待することができない反面、恐喝のきっかけを作る恐れさえある」と弊害について触れている。諸外国の立法例でも、復讐訴訟の多発、脅迫の材料に使われる、賠償額の算定が極めて困難である、浮気をした者と第三者のプライバシーが侵害される等の弊害が挙げられている(前田達明前掲「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁等)。

 政策判断としては、要するに、「夫婦が結婚生活に満足し、夫婦関係が生きているときに、誘惑者が現れたところで、こんなことにはならない。夫婦関係は、もっと複雑・多様な心的因子の働きによって破壊されるのであって、したがって、姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を科したところで、婚姻の安定が確保されることにはならない」のであって(島津前掲122頁)、害あって益少なしということになるのである。
以上:3,307文字

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