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破産事件受任弁護士財産散逸防止義務を厳しく認めた東京地裁判決紹介3

平成27年 2月28日(土):初稿
○「破産事件受任弁護士財産散逸防止義務を厳しく認めた東京地裁判決紹介2」の続きです。


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エ 日割計算超過分の給与(報酬)の支払
 前提事実(3)エのとおり(甲9及び甲44の3によれば),破産会社は,平成23年3月分の給与として,Dに対しては,49万1069円,Eに対しては50万9162円を支給していることが認められるが,このうち,Dに関しては,取締役報酬と解せざるを得ないところ,定款の定め又は株主総会決議によらない支給であるから,本来,全額について法律上の原因がないことになる。しかし,実際にDが稼働した日数に応じた分については,破産会社が稼働による利益を得ているということもできるから,原告も否認権を行使しておらず,否認権の行使があった24万6886円に限って損害となる。すなわち,甲9及び弁論の全趣旨によれば,破産会社は,平成23年3月14日に全従業員を解雇し,その事業の全部を停止していることが認められ,同年3月分のDの報酬のうち,同月15日から25日までに対応する部分は,Dは稼働をしておらず,破産会社には何らの利得もなく,同社が支払う義務のない金銭であったと認められる。そして,同年2月26日から同年3月25日の所定労働日数は,就業規則(甲16の1)32条1項によれば22日間であり,そのうち,同月15日から25日までの所定労働日数は9日間である。Dが支給を受けた基本給(就業規則50条1項)及び昼食手当(同51条2号)は,就業規則上はいずれも所定労働日数の全部において職務に従事することを前提としたものであると認められるから,その総額の22分の9に相当する24万2886円は,Dが実際に稼働していないにも関わらず支払われた報酬ということになり(破産会社には何らの利得もない。),実質的に見ても損害となるというべきである。

 一方,Eに関しては,同社の就業規則(甲16の1)55条1項によると,この賃金は,同年2月26日から同年3月25日に対応する賃金であるものと認められる。Eについて,取締役としての報酬に関する定款の定め又は株主総会決議がないことからすると,全額が労働者としての賃金と認められる。甲44の1から3まで及び甲45の1から12までによると,Eに対する公租公課控除前の支給額は,毎月の労働時間によって支給額が異なる残業手当及び休日・深夜手当を除くと,遅くとも平成22年1月分以降変化がないから,前記期間1か月分の給与が満額支給されていると認められる。

 そして,前記のとおり,破産会社は,平成23年3月14日に全従業員を解雇し,その事業の全部を停止しており,同年3月分の賃金のうち,同月15日から25日までに対応する部分は,同社の就業規則55条2項に照らせば,同社が支払う義務のない金銭であったというべきである。Eが同月分として支給を受けた給与のうち,基本給(就業規則50条1項),車両手当(同規則51条1号)及び昼食手当(同条2号)は,所定労働日数の全部において職務に従事することを前提としたものであると認められるから,前記のとおり,Eが稼働していない日数の所定日数に占める割合である22分の9に相当する21万0068円は,実際にEが稼働していないにも関わらず支払われた賃金であり,Eについては解雇予告手当との二重取りともいうべきであって,破産会社が支払う義務のない金銭であり,被告らは,これらを支払うことにより,破産財団を毀損したと認められる。

 これに対し,被告らは,原告の主張によれば,D及びEは取締役であることになるから,その報酬は1日ずつの職務遂行ないし労務提供に対応するものではないとして,日割計算を行う必要性を否定する。しかし,Eには取締役としての報酬が支給されていないことは前記のとおりである。また,前記のとおり,Dについては確かに取締役の報酬であり,仮にEに対する上記支払についても取締役の報酬部分があったとして,これが個別具体的な労務の提供に対する対価ではないとしても,その地位に基づき,業務の執行その他の職務を遂行することの対価として支給されるものである。ことに本件では,D及びEは,それぞれ破産会社の一部門の長として直接業務執行に当たっていたのであるから,その報酬を支給する基準となる期間の一部について,取締役としての職務を何ら執行していない場合には,かかる期間に相当する報酬を受ける地位にはないというべきである。したがって,被告らの主張は採用できない。

オ 調整手当
 甲16の1,甲44の1から3まで及び甲45の1から12までによると,原告の主張するFに対する70万円の支払は,「調整手当」との名目でなされたものである(甲44の3)。この手当は,破産会社の就業規則上定めがなく,平成22年以降の調整手当としては,Fに対して支払われた70万円のほかには,4人の従業員に毎月一定額が支払われているのみであることが認められるから,この金銭がいかなる性質のものであるか,それ自体から明らかであるとはいえない。

 この手当につき,被告らは,平成23年1月以降にFが行った時間外労働のうち精算が未了だった分であると主張し,被告Y1及び証人Hもこれに沿う供述をする。しかし,甲44の1から3までによれば,Fは,平成23年1月から3月までは,他の従業員と同程度又はそれを上回る,合計39万0400円の残業手当及び休日・深夜手当の給付を受けていることが認められるところ,Fが,これに加え,さらに70万円もの手当を発生させる時間外労働を行い,かつそれが未精算であったことをうかがわせる証拠はない。そして,その他,この調整手当の支払が,合理的な根拠のあるものであったことをうかがわせる主張も証拠もないことに鑑みれば,この支払は根拠のないものであったと認めざるをえず,被告らによる上記支払は,破産財団を毀損するものであったと認められる。これに反する上記被告Y1及び証人Hの供述はにわかに採用し難い。

カ 小括
 以上のとおり,上記アのうちDに対する基本退職金、イの特別功労加算金の全額,ウのうちDに対する解雇予告手当の支払,エの日割計算超過分の給与等の支払,オの調整手当の全額の合計2259万6954円の支払については,いずれも破産財団を毀損する行為であったと認められる。

(2) 被告らに過失があったか
ア 被告らの義務
 債務者との間で同人の破産申立てに関する委任契約を締結した弁護士は,破産制度の趣旨に照らし,破産財団となるべき破産会社の財産が破産管財人に引き継がれるまでの間,その財産が散逸することのないよう,必要な措置をとるべき義務を負い,ことに預り金口座等に破産会社の現金を受け入れ,破産会社の財産を管理する状況となった弁護士は,財産が散逸しないようにする義務を負うというべきである。それゆえ,かような弁護士は,破産手続開始決定後に財団債権となるべき債権など,それを弁済することによって他の債権者を害しないと認められる債権を除いては,これにつき弁済をしないよう十分に注意する義務がある。

 被告Y1は,前提事実(2)のとおり,破産会社から破産手続を含む倒産処理手続の利用も視野に,債務整理に関する諸手続を受任していたところ,乙23及び被告Y1本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると,被告らは,破産会社の工場が,平成23年3月11日,東日本大震災により棚が倒れる等の出費を要する被害を受け,事業継続の見込みがなくなり,破産手続開始の申立てを行うことを最終的に決断したことが認められるから,遅くとも上記の各支払を行った時点(平成23年3月15日)には,破産会社が破産手続開始の申立てをするとの方針が確定されていたと認められる。したがって,被告Y1は,同時点において,上記義務を負っていたというべきである。

 また,前提事実(2)のとおり,被告Y2は,a法律事務所において破産会社に関する業務を担当し,破産手続開始の申立ての代理を委任されており,そのような事務を担当した弁護士として,被告Y1とともに,上記と同様の義務を負っていたと認められる。そして,被告Y2について,被告Y1が代表を務める法律事務所に所属する弁護士に過ぎなかったとしても,弁護士として上記業務を担当し,上記の各支払に当たった以上は,責任を免れ,あるいは軽減されることはないといわざるを得ない。

 そして,前提事実(3)及び(4)のとおり,上記の各支払が,破産手続開始の申立ての前日になされ,申立ての当日には破産手続開始決定及び破産管財人の選任がなされていることからすれば,上記各支払の時点で,その翌日には申立てをすることが予定されており,かつ,この時点で,破産管財人への会社財産の引継ぎの準備が相当程度進んでいたことが強く推認される。かかる状況に鑑みれば,支払の適否が問題となる債務については,原則として弁済をすべきではなく,破産手続の中における判断に委ねるべきであるから,この時点で,他の債権者を害するような債務弁済を行った場合,原則として,被告らには注意義務違反があったというべきであり,それにもかかわらず,被告らがその責任を免れるのは,他の債権者を害しないとの確信を有するに至ったことについてやむを得ないといえる事情がある場合などに限られると解される。

イ 義務違反の有無
(ア) Dに対する基本退職金及び解雇予告手当の支払について
 被告らは,Dに労働者性が認められると判断し,これを前提として,同人に対する基本退職金及び解雇予告手当の支払を行ったものであるが,上述のとおり,Dには労働者性が認められない。
 このことについて,被告らは,Dの勤務実態等を精査した上で,Dの労働者性の有無を判断したものであるから,義務違反には当たらない旨主張する。そして,実際に,被告Y1は,この点につき一定程度の具体的な検討を行った旨供述している(乙23,被告Y1本人尋問の結果)。

 しかしながら,被告らにとっても,Dが少なくとも名目上取締役であったことは明らかであるから,労働者性の有無の判断については慎重な検討を要することは被告らも認識していたと認められる。また,前記1(1)ア(ア)aで検討したとおり,Dは,取締役会の開催がなかったにせよ,破産会社の取締役として,被告らとの打合せに多数回出席するなど,破産会社の経営における重要な決定に参与していることは,被告らにとっても明らかであったと認められる。それにもかかわらず,Dに労働者性が認められると判断するためには,相当な根拠を要するところ,被告らの挙げる事情は,いずれも,Dが労働者性を有し,その退職金債権が破産手続においては財団債権となるべき債権に該当するとの判断に至ったことにつきやむを得ないと評価するに足りず,他に被告らの注意義務違反を覆すに足りる事実は認め難い。
 したがって,Dに対するこれらの金員の支払については,被告らには過失があったと認められる。

(イ) D及びEに対する特別功労加算金について
 被告らは,特別功労加算金は,労働者としての退職金を加算するものであるから,労働債権に該当すると認識していた旨主張する。
 しかし,前記1(1)イで検討したとおり,そもそも特別功労加算金の支給対象が「取締役またはそれに準ずるもの」であること,破産会社の倒産に際し受領しているのが,代表取締役であった亡C及びその死後その地位を引き継いだHを含め,全員が取締役であること等上述した事情に鑑みれば,特別功労加算金とは,取締役としての報酬として支給されるものであると見るのが自然であり,これが労働者としての賃金であったと判断することがやむを得ない事情があったとは到底認められない。
 したがって,これらの金員の支払についても,被告らには過失があったと認められる。

(ウ) D及びEに対する日割計算超過分の報酬並びにFに対する調整手当について
 前述1(1)エ及びオで検討したとおり,これらの支払は法律上の根拠のないものであったと認められる。このことにつき,被告らは,これらの支払につき精査していては,労働者の保護に欠け,また破産申立てを迅速に行うことができないことになり,かえって不相当であるから,結果として根拠のないものであったとしても,被告らの過失となるものではない旨主張する。

 しかし,D及びEの報酬については,甲44の1から3まで及び甲45の1から12までによると,取締役以外の従業員の給与についてはいずれも日割計算していることが認められるから,D及びEについて日割計算をすることによって,労働者保護や迅速な破産申立てといった要請に反することになるとは到底認められない。そもそも,両名について解雇予告手当を支給しながら月例支給額を減額しないことは考えられない。被告らが,同人らについて日割計算を行わなかったのは,単に同人らの報酬又は給与の性質についての解釈を誤ったか,又はFのかかる誤りを看過したからに過ぎないと認められ,いずれにせよ被告らの過失が認められることは明らかである。

 また,Fの調整手当について検討するに,前記1(1)オで検討したとおり,Fに対する調整手当の支払についてはこれが残業手当の支払であることを合理的に基礎付ける証拠はないのであり,支払当時もなかったといわざるを得ず,甲44の1から3まで及び甲45の1から12までによると,Fに対しては平成22年1月から平成23年3月まで毎月残業手当又は休日・深夜手当が支払われていること(日割計算となった同月分を除くと月額10万円から16万円余り程度が支給されている。),毎月定額の調整手当を受けている従業員を除けば,同月分として調整手当を受けているのはFのみであることが認められるから,Fに対する調整手当の支払が未払の残業手当等であるとの説明は明らかに不自然であり,これを信用して支払ったとする被告らには,少なくとも過失が認められることは明らかである。


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