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不動産売主なりすまし詐欺で弁護士の責任が否定された高裁判例紹介1

平成31年 2月 9日(土):初稿
○「不動産売主なりすまし詐欺加担責任巨額損害賠償を弁護士に命じた判例紹介1」で、不動産売主なりすまし詐欺に加担したとして所有権移転登記申請を行った弁護士に約1億6044万円の支払を命じた平成28年11月29日東京地裁判決(金法2067号81頁)の、先ず、事案概要を紹介していました。

○その控訴審判決が、平成29年6月28日東京高裁判決(判例時報2389号101頁)で、被告とされた弁護士は、本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められ、それ以上に、売主と名乗る者の自宅を訪れ、あるいは、QRコードを読み取るなど、住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められないとして、原判決を取り消し、請求を棄却しました。その全文を2回に分けて紹介します。

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主   文
1 一審被告訴訟承継人の控訴に基づき,原判決中一審被告訴訟承継人敗訴部分を取り消す。
2 前記の取消し部分につき,一審原告の請求を棄却する。
3 一審原告の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,一審原告の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 一審被告訴訟承継人
 主文同旨

2 一審原告
ア 原判決を次のとおり変更する。
イ 一審被告訴訟承継人は,一審原告に対し,3億2239万7300円及びこれに対する平成26年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を,一審被告訴訟承継人が一審被告から相続した財産の存する限度において支払え。

第2 事案の概要(略語は,新たに定義しない限り,原判決の例による。)
1 一審原告は,東京都港区α×丁目×番××,同番◇◇,同番▽▽▽,同番▲▲▲,同番■■■,同番▼▼▼及び同番◎◎◎の7筆の土地並びにその一部の土地上にある3階建共同住宅(本件不動産)を購入して代金を支払い,自己に対する所有権移転登記を経たが,その際,弁護士である一審被告が,不動産登記規則72条に基づく情報(以下「本人確認情報」という。)を提供し,登記義務者代理人として所有権移転登記申請をした。しかるに,売主として売買契約に立ち会った者が売主に成りすました他人であり,売主の住民基本台帳カード等の書類が偽造されたものであったため,後に,真実の所有者から所有権移転登記抹消登記手続を求められ,当該不動産の所有権を取得することができず損害を被ったとして,一審原告が,一審被告に対し,一審被告が過失により,売主の本人確認の際に提示を受けた住民基本台帳カード等の書類が偽造されたことに気付かないまま誤った本人確認情報を提供したとして,不法行為に基づく損害賠償として,3億2239万7300円及びこれに対する不法行為の日である平成26年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2 原審は,一審被告には,売主であるgを名乗る女性(自称g)の本人確認において,成りすましによるものであることを疑うべき事情があり,これによって一審原告が損害を被ることについての結果予見可能性及び結果回避可能性があるところ,一審被告において注意義務を尽くしたとはいえないから不法行為責任を負うべきであり,損害としては,一審原告が支払った売買代金2億4000万円及び一審原告補助参加人に支払った309万7300円については前記注意義務違反と相当因果関係のある損害であるが,一審原告がhに対して支払った5000万円については,一審被告の注意義務違反と相当因果関係を有する損害とは認められないとして,2億4309万7300円の限度で損害を認め,一審原告において,売主の本人確認をした事実は認められず,一審原告にも過失があるから,4割の過失相殺をすべきであると判断して,過失相殺後の損害を1億4585万8380円とし,これに弁護士費用1458万5838円を加えた1億6044万4218円を損害と認定し,一審原告の請求を前記1億6044万4218円及びこれに対する不法行為の日である平成26年2月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。

3 原判決の一審被告敗訴部分を不服として一審被告が控訴をし,原判決の一審原告敗訴部分を不服として一審原告が控訴をした。
 一審被告は,平成28年12月28日死亡し,一審被告の相続について限定承認をした一審被告訴訟承継人が,控訴人兼被控訴人としての地位を承継した。

4 前提事実,争点(当事者の主張を含む。)は,次のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2(原判決3頁2行目から12頁23行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁6,7行目の「経営し,社団法人iの会長を務めている者である。」を「経営する者である。」に改める。
(2)原判決3頁15行目末尾に「(甲1)」を加える。
(3)原判決3頁25行目の「かつて法律事件の委任を受けた」を「旧知の」に改める。
(4)原判決4頁9行目の「被告の弁護士事務所」を「一審被告が運営する弁護士事務所が所在するビルの地下にある会議室」に改める。
(5)原判決8頁20行目の「規則」の後に「(平成27年3月27日法務省令第10号による改正前のもの。以下同じ。)」を加える。
(6)原判決10頁6行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
 「なお,前記あっせん業務報酬5000万円は,所定の条件での売買契約成立時におけるhへの本件不動産購入のための斡旋の対価であり,通常生ずべき損害である。仮に,これが特別の事情によるものであるとしても,一審被告はhが不動産ブローカーであることを知っており,本件売買契約の立会人である一審被告すら30万円もの手数料を受け取ることになっていたことに照らし,一審被告において,本件売買契約に関する他の関係者であるjやhに対しても報酬が支払われることは当然に予測できたから,相当因果関係のある損害である。」
(7)原判決10頁21行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
 「本人確認情報は,移転登記手続の段階で必要な書類であり,他方,売主の本人確認は,売買契約の交渉段階で行うべきことであって,通常の不動産取引において,買主が本人確認情報を信用して売主が本人であると信用することはないから,一審被告による本人確認情報の作成と買主の誤信とが因果関係を持つことはあり得ない。
 また,一審原告と一審被告との間に何らの契約関係もないから,仮に,一審被告がなりすましを疑ったとしても,一審原告に対して調査結果を報告する義務はないのであり,この点でも,一審原告が詐欺にあったことと一審被告との行為には因果性がない。」
(8)原判決11頁12行目の「過失」の前に「9割以上の」を加える。

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は,原審と異なり,一審原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 本判決において引用する原判決(本判決において修正した部分を含む。以下,単に「原判決」という。)第2・1の前提事実(以下,単に「前提事実」という。)に,証拠(甲13,14,28,36ないし38,乙15,17ないし20,丙1,丁3,証人h,証人f,証人j,一審原告及び一審被告各本人のほか後掲各証拠)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

(1)gは,昭和10年●月●日生まれであるが,その夫であるkが平成25年2月28日に死亡し,g,m及びnは,同年12月10日,gが本件不動産を取得する内容を含む遺産分割協議をし(乙24)、同月24日,その旨の登記をした(前提事実(1)エ)。
 gは,平成26年1月31日,p株式会社に対し,本件不動産を3億4800万円で売る旨の売買契約を締結した(乙23)。 

(2)一審被告は,平成26年1月23日頃,旧知のjから,本件売買契約への立会いを求められ,これを承諾した(前提事実(2)ア)。
 jは,同年2月13日,自称gを伴い,一審被告の事務所を訪れた(前提事実(2)イ)。一審被告が,自称gに対して,本人確認をするための書類の提示を求めたところ,自称gは,本件住基カードを提示し,一審被告は,そのカラーコピー(乙1)をとった。本件住基カードには,氏名につき「g」,住所につき「東京都港区α×丁目◆◆番◆号」,生年月日につき「昭和10年●月●日」との記載があった。一審被告は,本件住基カードを手にとって見た限り違和感はなく,写真が付け替えられたりした様子もなく,QRコード,ICチップ,共通ロゴマークにも不自然な点はなく,改ざんされた形跡はないと認識した。

 また,一審被告が,自称gに対し,氏名,住所及び生年月日を尋ねると,自称gは,氏名につき「○○○△△△△」,住所及び生年月日につき前記記載と同じ回答をし,一審被告は,この回答が本件住基カードの記載と符合するものと認識した。さらに,一審被告が,自称gに対し,弁護士の関与が必要である理由を尋ねると,自称gは,本件不動産は夫の遺産であり遺産分割協議により自らが単独で所有することになったが,不動産の売買は初めてであり,不安があるため,弁護士に契約締結に立ち会ってほしいと思ったとの回答をした。一審被告は,自称gが比較的若いと感じたが,その点について特に質問はしなかった(一審被告〔17頁〕)。

(3)住民基本台帳カード(住基カード)は,平成15年8月25日に導入され,平成21年4月20日からQRコードが施されるようになり,有効期限はカード作成時から10年であるため,平成26年2月当時は,QRコードが施されているものとそうでないものが併存していた(甲25の1及び2,乙16)。
 本件住基カードは,偽造されたものであり,これに施されたQRコードをバーコードリーダーによって読み取ると,生年月日が17年●月◎日であることを示す「170●0◎」との数字が示されるものであった(甲23,乙16)。

(4)jは,平成26年2月17日,一審被告に対し,電話で,gが本件不動産の登記識別情報を紛失したこと,代理人が作成した本人確認情報があれば登記が可能であることを伝え,gの本人確認情報の作成を依頼した。一審被告は,一旦は司法書士に依頼してほしいと断ったが,jからの再度の依頼に応じて,gの本人確認情報を作成することを引受けた。
 jと自称gは,同月18日,一審被告の事務所を訪れた。一審被告が自称gに対して本人確認のための書類の提示を求めると,自称gは,一審被告に対し,本件住基カードを提示した。一審被告は,本件住基カードが前記(3)の際に受け取ったものと同一であると認識し,その記載内容が自称gに見えないようにして氏名,住所及び生年月日を質問したところ,自称gは,前回の面接の際と同様に,本件住基カードの記載があるとおりの回答をし,さらに,干支を正しく告げた。一審被告は,自称gに対し,登記識別情報を紛失した状況について追加資料の提出を求めた。

(5)一審被告は,同日,jから電話を受け,本人確認情報作成及び立会業務の手数料につき30万円(消費税別)とすること及び翌日に買主の関係者と会うことを了解した。
 一審被告は,同月19日,JR飯田橋駅付近の喫茶店において,jから買主側の関係者として紹介されたhと会った。hは,宅地建物取引業の免許を受けたことはない(乙15,証人h〔18頁,30頁,31頁〕)。

(6)jと自称gは,平成26年2月25日,一審被告の事務所を訪れ,追加資料として,kの相続人3名による平成25年12月10日付け遺産分割協議書の写し(乙2,本件遺産分割協議書),「私,gは別紙目録記載不動産の所有権移転登記を故kから受けましたが,故kの遺品整理中誤って本件不動産の登記識別情報を亡失してしまいました。よって本件不動産の登記識別情報は無いことを確認します。」などと記載された平成26年2月20日付けの確認書の写し(乙3,本件確認書)並びにm及びnの印鑑登録証明書(乙4の1及び2)を提示した。
 本件遺産分割協議書及び本件確認書に押印されたm及びnの印影は,前記印鑑登録証明書の印影と同一ないしは酷似するものであり,前記印鑑登録証明書には外見上明らかに不自然な点は見られなかった。
 本件遺産分割協議書及び本件確認書には,g,m及びnの記名押印があり,本件遺産分割協議書の1枚目には,「相続開始の日」として「平成25年12月10日」との記載があり,3枚目の相続関係説明図には,「q(妻)」について「平成44年9月17日死亡」との記載があった。

(7)一審原告は,平成26年2月25日,r信用金庫s支店の一審原告名義の預金口座(以下「本件口座」という。)に3億0500万円を入金した(甲27)。

(8)一審原告と自称gは,平成26年2月26日,一審被告立会いの下,一審被告が運営する弁護士事務所が所在するビルの地下にある会議室において,本件売買契約書(甲1)に署名押印した。本件売買契約書の売主欄には,「g」との署名と押印があり,宅地建物取引業者及び宅地建物取引主任者の記名押印はあるものの,一審被告を代理人とする記載はなかった。
 本件売買契約締結の場には,一審被告のほかに,自称g,一審原告,h,j,h及びjから依頼された司法書士である一審原告補助参加人ほか数名が立ち会っていたものの,自称gの本人性に疑念を述べる者はなかった。
 一審被告は,本件売買契約書の調印の際,本件売買契約の代金について,r信用金庫t支店で現金決済することを聞いた(一審被告〔14頁〕)。

(9)一審被告は,同日よりも前に,同日付けで,gにつき,住民基本台帳カードの提示を受け,貼付された写真により本人との同一性を確認し,その外観・形状に異常がないことを視認し,住所・氏名・年齢・干支等の申述を求めたところ,正確に回答したことなどを記載した「本人確認情報」と題する書面(甲9)を作成しており,本件所有権移転登記に係る登記義務者の代理人となり(甲7),登記権利者の代理人である一審原告補助参加人(甲6)とともに登記申請をし(甲4),同日,本件所有権移転登記がされた。
 また,一審原告は,同日付けで,hとの間の業務委託契約書(甲21)及び株式会社uとの間の一般媒介契約書(甲26)を作成し,同日,hに対し5000万円を振り込み(甲20の1の1及び2),本件口座から2億4000万円,310万円及び750万円をそれぞれ払い戻した(甲27)。

 そして,一審原告宛に,hからの5000万円の同日付け領収証(甲20の2),自称gからの同日付け2億4000万円の領収証(甲18)及び一審原告補助参加人からの309万7300円の領収書(甲19)がそれぞれ作成された。
 一審被告は,同月27日,jから,本件不動産売却の本人確認情報作成,売買手続の立会及び売主側の登記申請の代理等の代金として,31万5000円を受領した(甲4,乙14,15)。

(10)gは,平成26年3月31日,一審原告を債務者として,東京地方裁判所に本件不動産(登記記録上存在する3階建ての建物を含む。以下,これを併せて「本件不動産等」という。)の処分禁止仮処分を申し立て(甲3),東京地方裁判所は,本件不動産等について処分を禁ずる旨の仮処分命令をした(甲2の1ないし9)。

(11)gが,一審原告に対し,本件不動産等の所有権移転登記抹消登記手続を求める訴えを提起し(東京地方裁判所平成26年(ワ)第7980号),平成27年10月27日,一審原告がgに対し,本件不動産等の所有権移転登記について正当に登記を保持する権原がないことを認め,本件所有権移転登記の抹消登記手続をすることなどを内容とする和解が成立した(甲40)。

(12)hは,第二東京弁護士会に対し,本人確認という事実関係の調査において必要とされる注意義務を怠ったことを理由に一審被告の懲戒請求をしたものの,第二東京弁護士会は,平成27年10月26日,一審被告を懲戒しない旨の決定をした(乙16)。
 hは,日本弁護士連合会に対して異議申出をしたものの,日本弁護士連合会は,平成28年3月22日,同申出を棄却する決定をした(乙16,27)。

(13)一審原告は,平成28年4月11日,自称gがgに成りすまして本件売買契約を締結し,原告から売買代金2億4000万円を騙取した行為が刑法246条1項に該当するとして,被告訴人を本件住基カードで表現される「gこと氏名不詳」として告訴した(甲44,一審原告本人〔15頁〕)。

(14)自称g及びその共犯と疑われる者が,平成28年11月ないし12月初めころ,警視庁に逮捕された。自称gの本名はvであり,逮捕当時67歳であった(甲51の1及び2)。


以上:6,932文字

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