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テナントに従業員を自殺させない注意義務を認めた判例紹介2

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平成30年 6月 3日(日):初稿
○「テナントに従業員を自殺させない注意義務を認めた判例紹介1」の続きです。

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3 争点(2)(善管注意義務の内容に自殺をしない義務が含まれるか等)
(1)建物において人が死亡したという事実は,それだけで直ちに嫌悪すべき事情とはいえないが,それが自他殺等の人為的な行為によってもたらされたものであった場合,当該建物を使用し又は購入しようとする者が心理的嫌悪感を抱くのが通常であり,そのため,当該建物を一定期間,賃貸又は売却することができなくなったり,相当賃料,相当価格で賃貸又は売却することができなくなったりする可能性があることは,経験則に照らして明らかである。

 本件建物はいわゆるオフィスビルであり,居住用物件のように寝泊りするものではないが,日常的に人が出入りし,一定時間滞在して使用する建物であることに変わりはない。また,本件事故が起きた非常階段は貸室には含まれないものの,本件建物の一部ではあり,共用部分として他の使用者が立ち入ることもあるから,程度の差こそあれ,非常階段から飛び降り自殺があったという事情は,やはり心理的嫌悪感を抱かせるものといえる。

 そうすると,本件貸室及び共用部分を善良なる管理者の注意義務をもって使用しなければならない義務を負う被告としては,本件貸室及び共用部分を,自然損耗や経年変化を超えて物理的に損傷しないようにすることはもとより,心理的に嫌悪される事情を生じさせて目的物の価値を低下させないようにする義務,具体的には,本件貸室を使用する被告の従業員をして,本件貸室及び共用部分において自殺するような事態を生じさせないよう配慮する注意義務を負うというべきであり,その対象は,本件建物の非常階段部分にも及ぶというべきである。

 そして,dは上記のとおり本件建物の非常階段から飛び降り自殺を図り,被告の履行補助者として,故意又は過失により上記注意義務に違反して本件事故を発生させたことは明らかであるから,被告も注意義務違反の責めを免れない。

(2)これに対し,被告は,〔1〕オフィスビルの貸室外で起きた自殺行為によって本件建物の価値が低落することを予見することはできないから,善管注意義務の内容に,非常階段から飛び降り自殺しないことまでは含まれない,〔2〕従業員であるdが自殺することを被告が予見,回避できる可能性に乏しいことから,dの故意又は過失をもって被告の故意又は過失と信義則上同視すべきではない旨主張する。

 しかしながら,〔1〕に関しては,(1)のとおり,オフィスビルであるとか,貸室部分ではないという理由で,共用部分である非常階段から飛び降り自殺するような事態を生じさせないよう配慮することを,善管注意義務の内容から除外すべきではない。
 また,〔2〕に関し,そもそも履行補助者の故意又は過失をもって債務者の故意又は過失と同視する実質的根拠は,債務者が履行補助者を用いることによってその活動範囲を拡大している以上,履行補助者の行動については責任を負わなければならないという報償責任の法理にあるところ,被告からみて何らの干渉の余地もない者であれば格別,被告はdを従業員として雇用し,同人をc支店長に据えて事業を展開していたものであるから,まさに報償責任の法理が妥当するというべきであって,dの故意又は過失をもって被告の故意又は過失と信義則上同視すべきである。
 したがって,被告の主張はいずれも採用することはできない。

4 争点(3)(本件事故が減価要因となるか,及び相当因果関係を有する減価額)
(1)
ア 原告は,平成25年8月ころに媒介業者を通じて本件建物を売りに出し,その物件情報は不動産市場に流通していたところ,補修工事のために一時販売を停止している間に本件事故が起きたものである。
 本件事故が,本件建物の使用者等に心理的嫌悪感を抱かせるものであることは3(1)のとおりであり,それにもかかわらず,販売停止中に起きた本件事故について何ら購入希望者に告げることなく,従前の物件情報を元に販売を再開することは,売主としての信義に反するし,宅地建物取引業者の重要事項告知義務(宅地建物取引業法47条1号二)の趣旨にももとるというべきであって,本件建物の販売再開に当たり,本件事故の内容について購入希望者に告知することはやむを得ないし,それに伴って,本件事故による心理的嫌悪感に配慮し,一定の減価を施して販売を再開することもまたやむを得ないというべきであるから,本件事故は,本件建物の減価要因になると認めるのが相当である。

イ これに対し,被告は,原告が売却を急ぐ事情があって減額を余儀なくされたのだとすれば,そうした事情はいわゆる特別事情(民法416条2項)に当たると主張する。
 しかしながら,建物の所有者がいつ当該建物を売却するかは基本的に所有者の自由であって,そのことは被告も予期すべき事柄であるし,本件においては,原告が本件事故前から本件建物及び敷地を売りに出していたのであるから,たとえ原告が売却を急ぐ事情があったとしても,そのことを特別事情と見ることは相当でない。

(2)
ア そこで,次に,本件事故と相当因果関係を有する減価額について検討するに,本件建物は,オフィスビルとしての賃貸を目的とする物件であるから,心理的嫌悪感から購入を躊躇するとすれば,自ら居住ないし使用することに対する心理的嫌悪感ではなく,賃借人の心理的嫌悪感により賃料収益に悪影響を及ぼすのではないかという懸念によるものであると考えられる。
 そうすると,本件事故による将来の賃料収益への具体的な影響の程度及びそうした影響を懸念して購入を躊躇する買主の心情を併せ考慮して,相当な減価額を検討するのが相当である。

イ この点に関し,原告は,本件事故後,当初の販売価格4億2000万円から4000万円減額した3億8000万円で販売を再開したところ,結局3億7500万円でしか売却できなかったことから,その差額4500万円をもって相当な減価額であると主張する。
 しかしながら,上記減価額は,当初販売開始時の満室時想定賃料の1年分約3569万円(甲2)を上回るものであり,言い換えれば,本件事故により,1年以上もの期間,本件建物の全貸室に全く借り手がつかないのと同程度の賃料収益への影響が生じたと評価することになるが,上記のとおり,本件事故は,人が日常立ち入ることを想定していない貸室外の非常階段部分で起きたものであり,その態様も手すりを乗り越えて転落したということ以外は明確でないのであって,オフィスとして貸室部分を使用する者が心理的嫌悪感を抱くといっても,その影響は限定的であると考えられ,本件建物の立地条件などにも照らせば,賃料を減額する必要性が生じることはあり得ても,1年以上もの期間全く借り手がつかないほどの深刻な影響があるとはいいがたい。現に,本件建物の当初売出し時の物件情報に添付されたテナント一覧(甲2)と,訴外会社に対する売却時のテナント一覧(甲4)を比較する限り,本件事故の影響で借主が退去するような事態が生じたとは認められず,むしろ全体的に賃料は増額されていることもうかがわれる。

 そうすると,3億7500万円でしか買い手がつかなかったことは事実であっても,そもそも4000万円の減額が過大であったとも考えられるのであり,たとえ当初販売価格の4億2000万円が適正額であったとしても,その額と現実の売却額3億7500万円との差額の全額を,本件事故と相当因果関係を有する減価額とみることは相当でない。

ウ 以上を踏まえてさらに検討するに,本件建物の当初販売時の9階貸室の年間賃料及び管理費の合計額は約360万円であるところ,本件事故が9階から屋上に昇る非常階段で起きたことに照らすと,他階への影響も全く考慮する必要がないとはいえないまでも,基本的には,9階貸室について,一般的な賃貸期間である2年間程度,一定額の賃料減額を施せば,それ以上に賃料収益への影響が及ぶとは考えにくく,仮に5割の減額とみても約360万円程度にとどまること,他方で,こうした賃料収益への具体的な影響とは別に,賃料収益への影響を懸念して購入を躊躇する買主の心情にも配慮した減額の必要性も否定できないと考えられるところ,本件事故を告知して販売を再開した後,3億8000万円でも購入希望者が現れず、さらに500万円の減額をしてようやく売却に至っていること,その他本件に表れた一切の事情を考慮すれば,本件事故と相当因果関係を有する損害としては,1000万円が相当である。

5 原告は弁護士費用相当額の損害賠償も求めているが,被告の債務不履行が不法行為をも構成すべきほどの違法性を有するとはいいがたく,被告の債務不履行と弁護士費用相当額の損害との間に相当因果関係は認められない。 

6 よって,原告の請求は,1000万円及びこれに対する平成26年11月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は選択的請求も含めて理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第48部
裁判官 池田幸司

別紙 物件目録
所在  東京都中野区α×丁目×番××号
種類  事務所
構造  鉄骨造陸屋根9階建
床面積 897.6平方メートル

以上:3,881文字

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