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ハーグ条約実施法により常居所地国(米国)への返還を命じた家裁決定紹介2

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平成30年 9月19日(水):初稿
○「ハーグ条約実施法で常居所地国(米国)への返還を命じた家裁決定紹介1」の続きです。


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(エ)平成25年*月頃,申立人とFがバスから降りる際,Fが左手小指を負傷したことがあり(乙30,31),申立人は,直ちに隣人に頼んでFを救急病院に連れて行き,縫合治療を受けさせている(甲42)。なお,相手方は,DHSのケースワーカーにこの負傷の件につき詳しく質問しており,報告書に記載されている(甲42,47)。

(オ)平成25年*月頃,申立人が,GとBのけんかを止めるために,Bを家の外に出そうとして,その体を床に引きずったため,Bが背中にけがを負った(甲23,乙1,24,25)。この件については,相手方からDHSに報告がされ,申立人,G及びBへの聞き取りも行われたが,特に虐待とは認定されなかった(甲23,34)。

(カ)Gは,本件子らとけんかをすることがあり,平成26年*月頃,Bの足にあざ(乙2)ができたことがあった(甲23)。
 なお,相手方は,Gが,同年*月ないし*月頃,Eの腕及び顔(乙4,5,27)並びにFの首,腕及び顔(乙6,26,28)に,痣や引っ掻き傷等のけがを負わせることがあった旨主張するが,提出された写真からは,上記傷が,他人からの行為により生じたものか,自傷(Fはアトピー性皮膚炎の症状があることが認められる(甲23)。)によるものか判明せず,他に,上記傷がGにより加えられたと認めるに足りる資料もないから,この点に関する相手方の主張は採用できない。

(キ)平成26年*月ないし*月頃,Fの足指が一部変色した状態になった(乙32)。申立人は,これについて,医者からきつい靴を避けるようにと指導された旨相手方にメールで連絡した(甲42,45)。

(ク)平成26年*月頃撮影の写真によれば,Dの左腕にけがが生じている(乙3)。申立人は,このけがに関し,Dに医師の診察を受けさせるとともにDHSに報告し,DHSの担当者が,申立人,相手方及びDから事情を聴取するなどしたが,原因は判明せず,結局,本件連れ去りによりDHSの調査は中断された(甲23,42,50)。なお,上記けがについて,相手方は,申立人がDに熱湯をかけてやけどさせた旨主張するが,診断医からDHSに対しては,子供達が虐待を受け,又は不適切な扱いを受けたという懸念はない旨報告されている上(甲50),相手方の主張を裏付ける的確な資料はない。

(ケ)平成26年*月頃,申立人は,自宅を留守にする際,知人のJ氏に子らの世話を頼んだ。その際,J氏が,飲酒の上,Bの体にのしかかるなどの行動に及んだ。申立人は,帰宅後にBからそのことを聞き,以後,J氏に子らを預けることを止め,同人との交流も控えるようになった(甲42)。

ウ 申立人の滞在資格
 申立人は,現在,有効なビザを有していないが,○○州の弁護士に依頼してUビザを申請中である。同弁護士によれば,Uビザの申請者は,審査期間中アメリカ合衆国外に退去させられることはなく,申立人については,審査を経て,Uビザを取得できる見通しであるとされている(甲29)。

(2)判断
ア 法28条1項4号に定める「重大な危険」とは,子を耐え難い状況に置くこととなる危険の内容が重大であることを意味すると解される。以下,かかる事情が認められるか検討する。


(ア)上記認定事実のとおり,申立人が子らと同居生活をする中で,本件子らが,引っ掻き傷やしばらく痣が残る程度の打撲等のけがを負うことがあり,その原因が断定できないものもあるが,少なくとも,上記認定のとおり,平成25年*月頃にBの背中に負わせた背中のけが(乙1,24,25)については,申立人の行為が原因となっており,また,平成26年*月頃,Gとのけんかにより,Bの足にあざ(乙2)が生じたことが認められる。また,申立人が幼い子を自宅に残して外出したことや,申立人の留守中に,申立人の知人が本件子らに対する不適切な行為に及んだとの事情も指摘できる。こうした事実関係に照らすと、申立人の監護状況に不適切な面がなかったとはいえない。

(イ)しかしながら,申立人がBに負わせた上記背中のけがは,Gとのけんかを止めようとしてできたもので,かかる行為を虐待と認めることはできず,また,GがBに対して負わせたけがは,通常の日常生活の中で生じ得る程度のものであり,いずれのけがも,それ自体重大なものであるとまでは評価し難い。 

 申立人は,本件子らの皮膚の疾患や,バス降車時の事故については,適宜医師の診療を受けさせるなどの対応をしており,申立人の本件子らに対するけがや病気への対応が,DHSにより,ネグレクトと評価された行為以外に,不適切だったといえない。また,申立人は,知人の不適切な行為を知るや,知人との交流を控えるなど適宜の対応をしており,さらに,DHSや裁判所少年部の関与等によって,子らの保護のための措置が採られる状況もあったが,これらの保護措置によって十分に対応がされていることがうかがえるから,本件子らの監護状況に重大な問題があったとまではいい難い。

 加えて,面会交流を通して本件子らの状況を把握していた相手方が,平成26年*月*日,離婚裁判において,申立人に子らの監護権を付与する内容の和解をしていることに照らすと,この時点においては,相手方も,申立人の監護に問題を感じていたとしても,これによって監護権を与えられないほどではないと認識していたことがうかがわれる。また,相手方は,平成26年*月頃までの間,この和解に基づいて申立人と監護権についての協議を求めていることに照らし,平成26年*月頃までの間に関しては,相手方の認識からも,申立人の監護や子らの状況に和解前と大きく変わった問題はなかったものと推認される(乙54)。

 なお,相手方は,上記和解について,DHSの差別的で不公正な手続により,離婚訴訟で監護権の主張をするのが困難な状況に陥り,不本意ながら申立人に監護権を付与する旨の和解に応じた旨主張する。しかしながら,上記認定のとおり,従前から,DHSは相手方の意見を聴取しており,また,相手方の報告を受けて,申立人に対して監護上の問題について指摘したり,申立人のネグレクトを認定して裁判所に報告したりしていることにも照らすと,DHSの手続が差別的で不公正なものであったとは認められない。

(ウ)相手方は,平成26年*月頃以降の事情について,本件子らのけがを確認するとともに,申立人やGのところに帰りたくない旨の本件子らの訴えがより切実なものとなったが,DHSの対応には期待できず,離婚訴訟における監護権の取得についても弁護士の協力を得られそうになかったことから,本件子らを守るために,やむを得ず本件連れ去りに至った旨主張する。

 確かに,同年*月頃には,申立人の知人が飲酒の上不適切な行為に及ぶなどの事情があり,申立人の監護状況に一定の不安が生じていたことは否定できない。
 しかし,従前の状況との比較で見れば,平成26年*月頃以降,本件子らが重大なけがを負うようになったとはいえず,この時期に申立人の監護状況が急激に悪化したなどの事情はうかがわれない。

 また,相手方は,同年*月以降も,DHSの担当者に対し,面談や電話を通して子らに関する懸念を伝えており,同年*月*日頃には,複数の問題点を挙げて調査を求める内容のメールも送信しているところ,DHSにおいても,これを踏まえて継続的に子らの生活状況を調査するなどの対応をしており,さらに,DHSは,相手方の要求を受けて,通訳を手配するなどの対応もしている。こうした状況に照らすと,同年*月以降も,下記(エ)で指摘するとおり,DHSの関与等により子らの保護が図られる見込みがある状況があったといえるのであり,相手方においても,DHSによる対応をなお期待できる状況にあったといえる。なお,離婚訴訟に関しても,代理人であったH弁護士との関係が悪化したのであれば,他の弁護士に依頼するなどして監護権の主張を行うことも検討できたはずである。
 このような,同年*月以降における本件子らのけがの程度や,相手方においてもなおDHS等の対応を期待できる状況にあったことに照らすと,上記相手方の主張を踏まえて検討しても,この時期において,申立人による本件子らの監護状況に特段の問題が生じるに至っていたとは認め難い。

(エ)また,本件子らをアメリカ合衆国に返還した場合の危険性について検討する上では,返還後,同国において,本件子らを保護しその危険性を減ずる措置がとられるかも重要な考慮要素である。
 この点,アメリカ合衆国○○州では,DHSや裁判所等関係機関の関与を通して子らの保護が図られる制度があり,現に,本件連れ去りに至るまでの間,本件子らの監護について,これらの制度が有効に機能していたといえる。こうした事情に照らすと,本件子らがアメリカ合衆国に返還され,申立人とともに生活することになった場合においても,申立人の監護状況に問題があれば,必要に応じて,上記の制度により本件子らの保護が図られる見込みがあるといえる。こうした事情は,本件子らの監護に係る危険性を相当程度減じるものであると評価できる。

(オ)なお,相手方は,これまでに認定又は指摘した事実のほかにも,申立人の監護に関する問題点について種々主張する。しかし,その主張については,いずれも,当該事実を認めるに足りる資料がないか,又は,その主張内容のほか,上記(エ)のとおりアメリカ合衆国において保護の措置が利用できる状況があることも併せ考慮すると,返還後の本件子らの重大な危険を基礎付けるものとは評価できないものであり,本件の判断を左右するものとはいえない。

ウ 申立人の滞在資格については,上記認定事実のとおり,申立人は,現在Uビザを申請中であり,ビザの申請に係る弁護士の見解に照らすと,これを取得できる見込みがないとはいえず,現時点において,申立人がアメリカ合衆国から退去させられるおそれがあるとは認められない。
 なお,相手方は,申立人が旅行ビザの申請を拒絶されたことを指摘し(乙49),申立人のUビザ申請が認められる可能性が低い旨主張するが,もとより旅行ビザとUビザは異なるものであり,相手方の主張に合理的な根拠があるとは言い難い。

エ 以上のとおり,従前の申立人の本件子らの監護状況,裁判所少年部やDHS等による本件子らの保護が期待できること,申立人の滞在資格について直ちにアメリカ合衆国から退去させられるおそれがあるとはいえないことを考慮すると,本件子らの返還について,本件子らを耐え難い状況に置くこととなる危険の内容が重大であるという事情は認められない。
 したがって,法28条1項4号の返還拒否事由があるとはいえない。


2 子の異議について
(1)法28条1項5号は,「子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において,子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」を子の返還拒否事由と定めているところ,〔1〕子が,その意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達していること及び〔2〕子の意見が,常居所地国に返還されることに対する異議であることが要件であると解されるので,以下検討する。

(2)本件記録によれば,平成27年*月*日,家庭裁判所調査官(以下「調査官」という。)により,本件子らの意向及び心情の調査が行われた。本件子らの陳述状況は,要旨次のとおりである。
ア B(調査当時11歳)
 Bは,調査官の手続にかかる説明(元々住んでいた国に戻るかどうかを決める手続であること,誰と一緒に暮らすかを決める手続きでないことなど)をおおむね理解した上で,本件の意向について,「日本にいたい。」と述べ,その理由について,「アメリカに帰ったら,Gとけんかになる。(中略)引きずられたり殴られたりする。」「ママに言っても何もしてくれなくて,それでGの部屋に入ろうとすると,出なさいと言われる。」などと述べて,Gや申立人との関係に関する懸念を示した。

イ D(調査当時8歳)
 調査官が,言いたいことを教えてほしい旨告げると,Dは,「何か・・・ママが嘘をつくとか。」「何か・・・アメリカにいるとき,ママがプリンタを買って,インクだけ使って,店に返して壊れているって言った。」などと述べた。
 続けて,調査官が手続に係る説明をすると,Dは,説明の途中で「日本にいたい。」と述べた。調査官が続けて上記アと同様の説明をしたところ,Dから再度の説明を求められたため,再度説明を行った上で理解したかを確認すると,Dは「アメリカに帰るかを決める。うーん,もう分かんない。」と述べた。

 調査官がアメリカ合衆国にいたときのことを質問した際,Dは,Gに叩かれたことなどを「虐待」という言葉を使って説明したが,虐待とはどういうことかとの問いに対しては「忘れた。」と答えた。また,Dは,左前腕を示して,申立人にお湯をかけられたと説明したが,調査官がさらに尋ねると,「ダダ(相手方)の家で寝ているときで,朝起きたらあった。」などと説明した。

 こうしたやりとりの後,Dは,本件の意向について,アメリカ合衆国に「行きたくない。」と述べ,その理由として「ダダ(相手方)といたいから。」,アメリカ合衆国の悪いところについて,「ママが嘘をついているし,お姉ちゃんが殴るとか叩くとか蹴ったりすること。」などと述べた。

ウ E(調査当時6歳)
 調査官が,本件子らをアメリカ合衆国に戻すかどうかについて父母が話合いをしていること,そのことについて子にも言いたいことがあると聞いたので来てもらったことを説明した上,説明内容について理解できたか尋ねたところ,「分かんない。」と述べた。
 Eは,アメリカ合衆国に「帰りたくない。」と述べたが,その理由については「分かんない。」と述べた。

エ F(調査当時4歳)
 調査官が意向を確認しようとしたが,本件に関する会話は成立しなかった。

(3)Bの意見について
 上記認定事実に照らすと,Bは,調査官の手続に係る説明をおおむね理解した上で,主にGや申立人との関係に係る懸念を示して,日本にいたい旨述べており,こうした発言にも照らすと,その意見を考慮すべき年齢及び成熟度に達しているといえる。
 しかし,その意見の実質は,主に,申立人及びGの下に返還された際に,Gとのけんかがあり得ることや,それについて申立人が適切な対応をしてくれるかについての懸念を示すものにすぎず,Bがアメリカ合衆国で生まれ育ち,アメリカ合衆国での生活を拒否するような客観的な事情がうかがわれないことにも照らし,常居所地国であるアメリカ合衆国に返還されること自体に対する異議を述べているものとはいえず,上記(1)の〔2〕の要件を満たしていない。

(4)Dの意見について
 上記認定事実に照らすと,Dは,調査官の手続に関する説明について,「分かんない。」などとも述べており,本件手続の意味を十分理解しているかは疑わしい。
 また,Dは,日本にいたいという意向を示し,その理由として申立人の言動やGの暴力を挙げるが,その説明について,意味をよく理解していないと思われる「虐待」という言葉を用いたり,あいまいな説明をしたりもしている。加えて,本件連れ去り以降,申立人と本件子らとの間でスカイプ等の方法による交流が絶たれた状態にあることも考慮すると,Dが,相手方から影響を受けるなどして,不正確な記憶や相手方の意向に基づいて話をしている可能性もうかがわれる。

 こうした事情に照らすと,Dがその意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達しているか,また,その意見がD自身の記憶や考えに基づくものであることについて疑問が残ると言わざるを得ない。また,この点を措き,Dの意見を考慮するとしても,Dの意見の実質は,Bと同様,申立人及びGとの関係についての懸念を示すものにすぎず、Dがアメリカ合衆国で生まれ育ち,アメリカ合衆国での生活を拒否するような客観的事情がうかがわれないことにも照らし,常居所地国であるアメリカ合衆国に返還されること自体に対する異議を述べているものとはいえないから,結局,上記(1)の〔2〕の要件を満たしていない。

(5)E及びFの意見について
 上記認定事実によれば,調査官による調査の際,E(調査当時6歳)は,アメリカに帰りたくないとは述べたが,その理由については分からない旨述べるだけであり,F(調査当時4歳)については,そもそも本件に係る会話が成立せず,こうした調査の状況に照らすと,E及びFについては,その意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達しているといえないことは明らかであり,いずれも上記(1)の〔1〕の要件を満たしていない。 

(6)したがって,本件子らについて,法28条1項5号の返還拒否事由があるとはいえない。

第4 結論
 以上によれば,本件子らのいずれについても,法27条の返還事由が認められ,かつ,法28条所定の返還拒否事由は認められないから,本件子らの返還を命じることとし,手続費用の負担につき,法55条1項を適用して,主文のとおり決定する。


以上:7,085文字

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