○「
婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を認めた高裁判決紹介」の続きで、その上告審昭和44年9月26日最高裁判決全文を紹介します。
○被上告人女性が、アメリカ国籍の上告人男性に対し、上告人が真実結婚する意思がないのに意思があるごとく甘言を弄し、これを信じて錯誤に陥った控訴人と情交を重ねたのちに被上告人との関係を絶ったことにより精神的苦痛を受けたと主張し、原審東京高裁は60万円の慰謝料の支払いを認めました。
○これに対し上告人が上告しましたが、最高裁判決も、被上告人が上告人に妻のあることを知りながら上告人と情交関係を結んだことは公序良俗に反するが、この事態を出現させた主たる原因は上告人にあり、本件においては民法708条但書の規定により同条本文の適用は排除されるとして被上告人の請求を一部認容した原判決を支持し、誤信につき被上告人の側に過失があったとしても上告人の帰責事由の有無に影響せず、慰謝料額の算定において配慮されるにとどまると判示して、上告を棄却し、この最高裁判決は、その後の同種事案についてのリーディング判決になりました。
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主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人○○○○、同○○○○、同○○○○の上告理由について。
原判決によれば、被上告人は、昭和15年10月15日生の女性で高等学校卒業後の昭和35年3月1日から埼玉県所沢市の在日米軍兵站司令部経理課に事務員として勤務することになり、右経理課の上司で米国籍を有する上告人と知合い、間もなく通勤のため上告人から自動車による送り迎えを受けることになり、また映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲になつたこと、上告人には当時妻ミチコと三人の子があつたが、それ以前から長らく妻とは不仲で、同居はしているものの寝室を共にしない状態であつたので、上告人は被上告人と交際するうちに性的享楽の対象を被上告人に求めるようになつたこと、上告人は、昭和35年5月頃被上告人に対し右の如き家庭の状態を告げるとともに、被上告人が19才余で異性に接した体験がなく、思慮不十分であるのにつけこみ、真実被上告人と結婚する意思がないのにその意思があるように装い、被上告人に妻と別れて被上告人と結婚する旨の詐言を用い、被上告人をして、上告人とミチコとの間柄が上告人のいうとおりであつて上告人はいずれはミチコと離婚して自分と結婚してくれるものと誤信させ、昭和35年5月21日から同36年9月頃までの間10数回にわたり被上告人と情交関係を結んだこと、ところが、上告人は、昭和36年7月頃被上告人から妊娠したことを知らされると同年9月頃から被上告人と会うのを避けるようになり、被上告人が昭和37年1月1日男子順を分娩した際その費用の相当部分を支払つたほか全く被上告人との交際を絶つたこと、上告人と被上告人間に情交関係のあつた当時上告人の妻には離婚の意思がなく、上告人が近い将来妻と離婚できる状況にはなかつたが、被上告人は、このことに気付かず、むしろいずれは自分と結婚してくれるものと期待して、上告人に身を委ねたところ、その結婚への期待を裏切られ、上告人の子である順の養育を一身に荷わねばならなくなつたこと、上告人は、かつて昭和34年11月からC某という女性と情交関係を結び、日ならずして昭和35年から昭和36年にかけて被上告人と情交関係を結んだほか、その後もDとも情交関係を結んでいたことがそれぞれ認められるというのである。
思うに、女性が、情交関係を結んだ当時男性に妻のあることを知つていたとしても、その一事によつて、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求が、民法708条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。すなわち、女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、右情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰藉料請求は許容されるべきであり、このように解しても民法708条に示された法の精神に反するものではないというべきである。
本件においては、上告人は、被上告人と婚姻する意思がなく、単なる性的享楽の目的を遂げるために、被上告人が異性に接した体験がなく若年で思慮不十分であるのにつけこみ、妻とは長らく不和の状態にあり妻と離婚して被上告人と結婚する旨の詐言を用いて被上告人を欺き、被上告人がこの詐言を真に受けて上告人と結婚できるものと期待しているのに乗じて情交関係を結び、以後は同じような詐言を用いて被上告人が妊娠したことがわかるまで1年有余にわたつて情交関係を継続した等前記事実関係のもとでは、その情交関係を誘起した責任は主として上告人にあり、被上告人の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、上告人の側における違法性は、著しく大きいものと評価することができる。
したがつて、上告人は、被上告人に対しその貞操を侵害したことについてその損害を賠償する義務を負うものといわなければならない。また、被上告人の側において前記誤信につき過失があつたとしても、その誤信自体が上告人の欺罔行為に基づく以上、上告人の帰責事由の有無に影響を及ぼすものではなく、慰藉料額の算定において配慮されるにとどまるというべきである。そうとすれば上告人の責任を肯認した原審の判断は正当であつて、所論の違法はなく、論旨は採用しえない。
よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)
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