○「
暴力団排除条項により暴力団員の死亡共済金請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和6年10月4日広島高裁判決(判タ1528号59頁、判時2632号94頁)関連部分を紹介します。
○控訴人(原告)の妻である訴外Wが生活協同組合である被控訴人(被告)との間で生命共済契約を締結していたところ、Wが死亡したとして、控訴人が、被控訴人に対し、死亡共済金等の支払を求め、広島地裁大道支部判決が、被控訴人による本件共済契約の解除は有効であるとして、控訴人の請求を棄却し、控訴人が控訴しました。
○これに対し、控訴審広島高裁判決も、死亡共済金の受取人である控訴人が反社会的勢力に属するという事実は、正に被控訴人のWあるいは控訴人に対する信頼を損ない、生命共済契約の存続を困難とさせる重大な事由ということができるから、生命共済事業約款における本件暴排条項が保険法57条3号に反する特約に当たるものと認めることはできないし、被控訴人による前記の行為が、信義則に違反し、又は権利濫用に当たると評価すべき事情は認めるに足りないところ、被控訴人による本件解除は有効であって、本件共済契約に基づく死亡共済金の支払請求を拒絶することが許容されるというべきであり、控訴人が、被控訴人に対して、死亡共済金の支払請求をすることは認められないとして、本件控訴を棄却しました。
○暴力団員の妻であるWは、平成17年5月に本件共済契約を締結し、毎月の掛金2000円をおそらく亡くなる令和4年6月まで17年間支払い続けていました。この点控訴人は「
被控訴人はこれまで掛金を受け取り続けてきたのであり,共済金が支払われないとすれば,掛金の取り得となっている。反社会的勢力該当性は単なる共済金支払拒否の口実にされているにすぎない。」と主張しています。
○被控訴人全国生活協同組合連合会は平成26年10月の本件暴排条項を規定について「
遅くとも平成26年10月の情報誌で,本件暴排条項の導入を契約者に知らせていること,暴力団を排除する社会的背景があったことからすれば,死亡共済金受取人が暴力団員である本件共済契約における契約者の期待はそもそも法的保護に値しない」と主張してしますが、情報誌に記載したとしてもWがその意味を知るはずも無く、掛金支払を継続しています。然るに暴力団というだけで死亡共済金を受領出来ないのは、上告審でも結論は不変と思われますが、理不尽な気もします。
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主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,400万円及びこれに対する令和5年9月7日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 事案の要旨等
本件は,控訴人の妻である訴外W(以下「W」という。)が被控訴人との間で生命共済契約(以下,更新の前後を問わず「本件共済契約」という。)を締結していたところ,Wが死亡したとして,控訴人が,被控訴人に対し,死亡共済金400万円及びこれに対する令和5年9月7日(原審訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審が被控訴人による本件共済契約の解除は有効であるとして,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人はこれを不服として本件控訴を提起した。
2 前提事実
(中略)
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は,〔1〕本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか(争点1),及び〔2〕被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か(争点2)であるところ,これらの点に係る当事者の主張は次のとおりである。
(1)争点1(本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか)
(中略)
(控訴人の主張)
次のとおり,本件暴排条項は本件共済契約に適用されるべきではない。
ア 本件暴排条項を規定したのは平成26年10月からであるところ,本件共済契約は平成17年5月1日より保障が開始され,本件暴排条項が設けられる以前から継続しているものであるから,同条項のような不利益条項を遡及的に適用することは許されない。
イ 原審が保険法57条3号該当性を問題としたことは弁論主義に反するものであるところ,この点を措くとしても,暴力団員であるからといって必然的に保険金請求と結びつくものではなく,暴力団員であるという属性のみをもって保険法57条3号に該当すると認めることはできない。本件暴排条項は保険法65条2号により無効となる。
ウ 民法548条の4第1項2号の約款変更法理に鑑みても,本件暴排条項の導入は許されない。本件排除条項によって,保険事故に対し保険金を支払うという基本的契約関係が阻害され,本件共済契約の目的に反する。また,既に契約しており何ら問題の生じていない契約まで契約内容を変更すべき必要性はない。本件においては,共済金を受領できないという重大な不利益を告知して契約を継続するか否か意思確認されることもなく,契約を離脱すべきか判断する機会もなかった。さらに,同業他社と同水準の負担を求めるにすぎないという点から変更の合理性は認められない。
(2)争点2(被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か)
(控訴人の主張)
仮に,遡及適用の禁止に当たらないとしても,次の各点からすれば,被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することは,信義則違反又は権利濫用として無効というべきである。
ア 生命共済契約は単年度ですぐに終了するものではなく,相当長期間継続されることが通常であり,高度な法的安定性が求められるところ,一方的な条件変更により解除が許されるとすれば契約者への打撃が大きい。
イ 本件解除によって,控訴人は共済金の受給が一切できないという非常に大きな不利益を受ける。
ウ 本件において,共済契約者や控訴人が被控訴人に対して損害を与えたり,不正請求をしたりしたことはなく,単純に反社会的勢力に該当するという属性のみを理由に支払を拒絶しているにすぎず,正当な利益はない。
エ 被控訴人はこれまで掛金を受け取り続けてきたのであり,共済金が支払われないとすれば,掛金の取り得となっている。反社会的勢力該当性は単なる共済金支払拒否の口実にされているにすぎない。
(被控訴人の主張)
控訴人の前記主張は争う。
遅くとも平成26年10月の情報誌で,本件暴排条項の導入を契約者に知らせていること,暴力団を排除する社会的背景があったことからすれば,死亡共済金受取人が暴力団員である本件共済契約における契約者の期待はそもそも法的保護に値せず,信義則に違反しない。
また,前記のとおり,本件暴排条項の導入を契約者に知らせており,本件暴排条項の対象を回避するか否かの判断をする機会があったこと等からすれば,権利濫用にも当たらない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,被控訴人がした本件解除は有効であり,控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。
2 争点1(本件暴排条項が本件共済契約に適用されるか)について
(1)前記第2の2(1)イのとおり,本件共済契約の共済期間は基本的に1年であり,毎年4月1日に更新されるものであるから,本件解除は,令和4年4月1日に更新された本件共済契約を対象とするものということになる。そうすると,被控訴人が解除した本件共済契約には,平成26年約款で付加された本件暴排条項が適用されることになる。
(2)これに対し,控訴人は,前記のとおり,本件暴排条項のような不利益条項を遡及的に適用することは許されない旨を主張する。
しかしながら,契約期間の定めのない預金契約等とは異なり,本件共済契約は前記のとおり1年ごとに更新されるものであり,平成26年約款で付加された本件暴排条項の適用を前提に更新されたものであるから,遡及的適用は問題とならず,主張自体失当である。
また,控訴人が当審において,本件暴排条項は保険法57条3号に反するから,同法65条2号により無効となる旨主張するが,同法57条3号は,生命保険契約の解除事由として,「保険者の保険契約者,被保険者又は保険金受取人に対する信頼を損ない,当該生命保険契約の存続を困難とする重大な事由」を生命保険契約の解除事由として定めているところ,死亡共済金の受取人が反社会的勢力に属するという事実は,正に被控訴人のWあるいは控訴人に対する信頼を損ない,生命共済契約の存続を困難とさせる重大な事由ということができる。そうすると,本件暴排条項が保険法57条3号に反する特約に当たるものと認めることはできない。
その他,控訴人は,るる主張するが,いずれにしても本件暴排条項の適用に係る前記の結論を左右しない。
3 争点2(被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となるか否か)について
控訴人は,前記のとおり,被控訴人が,本件暴排条項に基づき,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶することが信義則違反又は権利濫用となる旨を主張する。
しかしながら,本件暴排条項は前記2のとおり本件共済契約に適用されるべきところ,被控訴人は,本件暴排条項に基づいて,本件共済契約を解除し,共済金の支払を拒絶したものであって,本件記録を子細に検討しても,被控訴人による前記の行為が,信義則に違反し,又は権利濫用に当たると評価すべき事情は認めるに足りない。
4 結論
以上によれば,被控訴人による本件解除は有効であり,控訴人の本件共済契約に基づく死亡共済金の支払請求を拒絶することが許容されるというべきであるから,控訴人が,被控訴人に対して,死亡共済金の支払請求をすることはできない。
よって,原判決は結論においては相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高宮健二 裁判官 財津陽子 裁判官 奥俊彦)
以上:4,260文字
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