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夫の同意書を偽造して妊娠中絶をした妻に対する損害賠償請求は可能か2

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令和 3年11月 3日(水):初稿
○「夫の同意書を偽造して妊娠中絶をした妻に対する損害賠償請求は可能か1」の続きです。
妊娠した妻が、夫の承諾書を偽造して中絶手術をした場合、夫が父親になる権利を奪われたとして、妻に損害賠償請求ができるか、できるとすれば、その損害の範囲はどうなるかとの質問に対する回答を検討するための裁判例の紹介です。

○原告が、妻である被告Y2及び被告Y1に対し、被告らが遅くとも平成27年2月15日に不貞行為を開始し、また、被告らが共謀して、原告が作成した本件同意書を医師に提示せず、被告Y2本人の同意のみにより本件胎児に対して違法な人工妊娠中絶をしたことにより、原告が精神的苦痛を受けたとして妻と不貞相手方に対し慰謝料等約6418万円を請求した事案がありました。平成28年7月20日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)です。

○原告は被告らに対して
①被告らの不貞行為慰謝料として500万円
②被告らによる中絶による慰謝料として800万円
③中絶により殺害された退治の慰謝料2200万円・逸失利益約2335万円・請求のための弁護士費用約453万円の約4988万円を原告が相続した
として総合計約6418万円の請求となりました。

○争点は次の通りに整理しています。
①被告らの不貞行為等に係る慰謝料額(争点(1))
②本件胎児の中絶に係る精神的損害の有無及びその額(争点(2))
③本件胎児固有の損害賠償請求権の有無及び額(争点(3))
この争点についての判断部分は別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 被告らは、原告に対し、連帯して242万円及びこれに対する平成27年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを50分し、その1を被告Y2の負担とし、その1を被告Y1の負担とし、その余は原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告らは、原告に対し、連帯して6418万8683円及びうち550万円に対する平成27年2月15日から、うち5868万8683円に対する平成27年6月20日から各支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、原告の妻である被告Y2(以下「被告Y2」という。)と被告Y1(以下「被告Y1」という。)とが、遅くとも平成27年2月15日に不貞行為を開始し、また、被告らが、共謀して、被告Y2本人の同意だけで人工妊娠中絶を行うことができることが法律上認められていないにもかかわらず、被告Y2本人の同意のみにより被告Y2の胎児(以下「本件胎児」という。)に対して違法な人工妊娠中絶をし、これらにより、原告が精神的苦痛を受けたとして、また、原告は、被告らの故意の違法行為により殺害された本件胎児の損害賠償請求権の全額を相続により取得したとして、原告が被告らに対し、不法行為に基づき、原告の慰謝料、本件胎児の精神的損害及び逸失利益並びに弁護士費用合計6418万8683円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに弁論の全趣旨及び括弧内に掲げた証拠によって容易に認定できる事実)
(1) 原告と被告Y2は、平成26年2月頃から、交際を開始し、平成27年1月頃には、被告Y2が原告に被告Y2の両親を会わせるなどして結婚の話を進めていた。
(2) 被告らは、被告Y2が、被告Y1がインストラクターを努めるゴルフスクールのゴルフレッスン会員であったことから知り合った。被告らは、被告Y2が同ゴルフスクールを退会した平成27年1月下旬頃に連絡先を交換し、以後、スマートフォンアプリであるLINEを利用して連絡をとるようになった(甲3、5)。
(3) 被告らは、平成27年2月14日及び翌15日に会った。
(4) 原告と被告Y2は、平成27年2月16日に入籍した(甲1)。
(5) 被告らは、平成27年2月28日に会って食事をし、被告Y2は、遅い時間に帰宅した。
(6) 被告らは、平成27年3月22日、同年4月30日、同年5月21日に性関係を持った。これらの性関係の中には、避妊を伴わない性交渉があった。(弁論の全趣旨)
(7) 平成27年6月初旬頃、被告Y2が本件胎児を懐胎していることが発覚した。本件胎児との間に生物学上の父子関係を有する者が、原告か被告Y1かは定かではない。
(8) 原告は、平成27年6月18日頃、本件胎児に対する人工妊娠中絶(以下「本件中絶」という。)に同意する旨の書面を作成して被告Y2に交付した(以下、この同意を「本件同意」といい、本件同意を記載した書面を「本件同意書」という。なお、本件同意の効力には争いがある。)(甲3、17)。
(9) 被告Y2は、平成27年6月19日、医師に対し、配偶者欄に「父親不明」と記載した人工妊娠中絶同意書(甲17)を交付して、本件中絶を依頼し、同日、同中絶が実施された(甲17)。
(10) 原告と被告Y2とは、平成27年6月下旬頃、別居を開始した。
(11) 被告らは、本件中絶後、平成27年7月4日、同月12日、同月18日、同月21日、同月31日に性関係を持った(弁論の全趣旨)。
(12) 被告Y2は、平成27年8月25日、原告に対し、別居の解消を提案し、原告と被告Y2は、同月30日頃から同居を再開した。
 原告と被告Y2とは、同居再開後、性関係を持っていない。
(13) 被告らは、平成27年9月20日、同年10月4日に性関係を持った(弁論の全趣旨)。
(14) 原告は、本件第1回口頭弁論期日において、本件中絶に対する同意を撤回し、また、詐欺による意思表示であるとして取り消す旨の意思表示をした(顕著な事実)。

2 主な争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 被告らの不貞行為等に係る慰謝料額(争点(1))

 (原告の主張)
ア 被告らは、原告と被告Y2との入籍直前の平成27年2月14日夜から翌15日朝まで一緒に過ごして不貞行為に及び、入籍直後の同月28日から翌同年3月1日にも不貞行為に及び、その後も不貞行為を継続した。

イ 被告Y2には、原告との間でまともな夫婦関係を築く考えが全くなかったところ、被告Y1は、被告Y2を離婚に向けて焚きつけ、被告Y2は、原告に離婚を迫った。このように、被告らは共謀して、原告に対して被告らの不貞行為を秘したまま原告と被告Y2とを離婚させようとした。
 なお、被告Y2は、原告との別居後に同居を再開しているが、これは、原告の粗探しや粗造りをして周囲に離婚の理由を説明するためのものであって、夫婦関係を構築するためのものではない。

ウ 被告らによる上記不貞行為等に係る慰謝料額は500万円を下らない。また、弁護士費用相当額の損害は、上記慰謝料額の1割である50万円となる。

(被告らの主張)
ア 被告らが原告と被告Y2との入籍前から不貞行為に及んだ事実はない。そもそも、婚姻関係がないから、不貞行為というものはあり得ない。
 被告らは、平成27年2月28日に食事をしたことはあるが、不貞行為はしていない。
 被告らが初めて不貞行為に及んだのは平成27年3月22日である。
 被告Y2の不貞行為は、約6か月間に10回程度のものであり、そのうち5回は別居期間中の行為である。

イ 被告Y2は、原告に対し、別居を提案した。これは、原告が政策秘書試験に合格してもらうため、別居して、勉強をしてもらおうと思っての提案だった。また、中絶の時に口論になって夫婦間が不安定になったところ、予定していた結婚式を延期して原告が政策秘書試験に専念して合格したら、結婚生活に新たな意欲が持てることが期待できるかもしれないと考えての提案であり、それ以外に動機はない。この時点で、直ちに原告との離婚を考えてはいなかった。

 原告は、政策秘書試験に不合格であったが、被告Y2は、原告を励ますために「ドンマイ会」を行い、その際、試験の結果が出たので気を取り直して結婚生活を続けようと思い、被告Y2から原告に同居再開を提案して同居を再開した。これも、被告Y2は原告との結婚生活を新たな気持ちで再開、継続するためであり、原告が前記(原告の主張)イのとおり主張する思惑や意図はなかった。

ウ 慰謝料額は争う。婚姻期間が短かったこと、不貞行為の回数は10回程度であったこと、うち5回は夫婦関係が悪化していた別居期間中のものであったこと等を考慮すると、慰謝料は弁護士費用を含めて多くても110万円を超えない。

(被告Y1の主張)
 被告らは、平成27年11月7日、交際を終了した。
 被告Y1が被告Y2を離婚に焚きつけたとの評価は当たらない。
 慰謝料額については、被告らは既に交際を終了していること、被告Y1は不貞行為について反省していることをも踏まえて適切に判断されるべきである。

(2) 本件胎児の中絶に係る精神的損害の有無及びその額(争点(2))
 (原告の主張)
ア 被告Y1は、本件中絶について、法律上は原告の同意が必要であることを知りながら、原告の同意によって本件中絶が行われることを嫌悪し、被告Y2に対し、被告Y2のみの同意を得て行う違法な中絶を求め、被告Y2はこれを受け入れ、本件中絶に際し、医師に対して原告は行方不明である旨の虚偽の事実を告げて、法律上行うことができない母体保護法14条2項に基づく本件中絶をした。


(ア) 原告は、本件中絶に同意しているが、この同意は医師に到達していないので、この同意を撤回することができる。

(イ) 仮にこの撤回が認められないとしても、母体保護法14条1項所定の男性配偶者の同意は、妊娠の経緯及び中絶を行う理由が全て開示されている場合に限るべきであるところ、原告の同意は、この要件を満たさないので、母体保護法14条1項所定の同意に当たらない。

(ウ) 仮に前記(ア)及び(イ)の主張が認められないとしても、原告の意思表示は、不貞関係にある被告Y1の子である可能性があること及び被告Y1が本件中絶を強く願っていることという中絶の主たる理由が秘されるという、被告Y2の詐欺によって取得されたものであるので、民法96条1項を理由として取り消すことができる。

(エ) したがって、原告による本件中絶への同意に、法的効力はない。

ウ 被告らによる本件中絶に係る慰謝料額は800万円を下らない。また、弁護士費用相当額の損害は、上記慰謝料額の1割である80万円となる。

(被告らの主張)
 原告は、本件中絶に同意していたから、賠償請求権を取得することはない。
 原告は、同意の撤回を主張するが、本件中絶後の撤回は無意味である。
 同意が瑕疵ある意思表示に基づくものであるとして無効ないし取り消すことができる旨の原告の主張は争う。
 本件胎児の生物学上の父が原告であるとは立証できていないから、原告の子であるとの前提だけに依拠して原告の精神的損害を論じることは失当である。

(3) 本件胎児固有の損害賠償請求権の有無及び額(争点(3))
 (原告の主張)
ア 条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができるところ(民法130条)、このことからすれば、胎児は、故意の違法行為によって殺害された場合には、当該違法行為をした者との関係では、出生したとみなされる。本件胎児は、堕胎罪を構成する被告らによる故意の違法行為(本件中絶)によってその出生を妨げられたから、被告らとの関係では、出生したものとみなされ、本件胎児は、被告らに対し、固有の損害賠償請求権を有する。

イ 本件胎児が有する損害賠償請求権は、原告のみが相続する。堕胎罪により本件胎児を死亡させた被告Y2は、本件胎児の相続につき、相続の欠格事由を有しており(民法891条2号本文)、相続権がない。


(ア) 本件胎児に生じた精神的損害額は2200万円を下らない。

(イ) 本件胎児に生じた逸失利益は2335万3349円を下らない(具体的な計算式等は後記aないしeのとおりである。)。
a 計算式:基礎収入額×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数(67歳までのライプニッツ係数-就労開始年齢までのライプニッツ係数)
b 基礎収入額として、平成25年大卒の男女計全年齢平均賃金640万5900円
c 生活費控除率として、性別不明であるため0.4
d 0歳に適用するライプニッツ係数は、67年に対応するライプニッツ係数19.239から22年(本件胎児が大学を卒業することを前提として、就労始期22歳として計算)に対応するライプニッツ係数13.163を除いた数であり、6.076
e 具体的計算式は、640万5900円×(1-0.4)×6.076=2335万3349円(小数点第1位以下四捨五入)

(ウ) 本件胎児に生じた弁護士費用相当額の損害は、前記(ア)及び(イ)の合計額である4535万3349円の1割である453万5334円となる。

(被告らの主張)
 いずれも争う。
 生まれてこなかった胎児は損害賠償請求権を取得しない(民法721条)。


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