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| 令和 7年12月20日(土):初稿 |
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○「婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を否認した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審昭和42年4月12日東京高裁判決(判時486号43頁、判タ208号115頁)理由部分を紹介します。 ○原審判決は、原告女性の請求は、民法第708条(不法原因給付)「不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。」との規定に示された法の精神に鑑み、容認するはできないとして棄却していました。 ○控訴審判決は、控訴人女性が被控訴人男性に妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだことは公序良俗に反するが、この事態を出現させた主たる原因は被控訴人にあり、本件においては「不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。」民法708条但書の規定により同条本文の適用は排除されるとして、控訴人の200万円の慰謝料請求について60万円を認めました。 ○控訴審判決は、「控訴人が被控訴人の妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだ行為が公序良俗に反することは否定できないが、不法性は明らかに被控訴人の方が大きく、このような公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は被控訴人に帰せしめられるべきものとすべきである。してみると、本件においては、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の適用は排除され、控訴人の慰藉料請求は是認されるとするのが相当」と理由付けをしていますが、極めて妥当な判決です。 ○被控訴人男性は、上告しており、上告審最高裁判決は別コンテンツで紹介します。 ********************************************* 主 文 原判決を次のとおり変更する。 被控訴人は控訴人に対し、60万円およびこれに対する昭和38年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うべし。 控訴人のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを2分し、その各1を控訴人および被控訴人の各負担とする。 事 実 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、200万円およびこれに対する昭和38年7月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。 当事者双方の主張および証拠の関係は、次に付加するもののほかは、原判決の事実の部に書いてあるとおりである。 第一、主張 (中略) 理 由 一、慰藉料請求権の成否について。 (一)原審における証A、当審における証人Bの各証言、原審および当審における控訴人および被控訴人各本人尋問の結果と、本件弁論の全趣旨とをあわせ考えると、次の事実を認めることができる。 控訴人は、昭和15年10月15日、父里一、母マツの三女として出生し、城右高等学校卒業後、昭和35年3月1日から、埼玉県所沢市にある在日米軍兵站司令部経理課に、事務員として勤務することとなつて、右経理課の上司で、米国籍を有する被控訴人と知り合つた。控訴人は、間もなく、通勤のため、被控訴人から自動車による送り迎えを受けるようになり、また、被控訴人に映画館、ナイトクラブ等に連れていつてもらうほどの仲となつた。その当時、被控訴人はミチコ・メンスを妻とし、同女との間に3人のこどもまであつたが以前からミチコとの間がうまくいかず、ミチコと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたところ、前記のように控訴人と交際しているうち、性的享楽の対象を控訴人に求めるようになつた。 そして、被控訴人は、昭和35年5月頃、控訴人に対し、前記家庭の状態を告げるとともに、控訴人が19才余で、思慮不十分であるのにつけこんで、真実は、ミチコと近い将来において離婚できる事情にはなく(この点は、証拠説明とともに、後記(二)(ハ)において詳述する。)、また、控訴人と結婚する意思がないのに、控訴人に対し、「妻と別れて控訴人と結婚する。」と述べ、控訴人をして、被控訴人とミチコとの間柄が被控訴人のいうようなものであれば、被控訴人はいずれはミチコと離婚して自分と結婚してくれるであろうと誤信させ、昭和35年5月21日頃、東京都港区麻布のホテルにおいて、控訴人に情交を求め、これを承諾させて、享楽の目的を遂げ、その後昭和36年9月頃までの間、10数回にわたり、そのつど控訴人と結婚すると述べて控訴人を欺き、控訴人と情交関係を結んだ(控訴人と被控訴人とが、昭和36年9月頃までの間、10数回にわたり情交関係を結んだ(最初の日がいつであるかを除く。)ことおよび当時被控訴人と妻ミチコとの間に三人のこどもがあつたことは、当事者間に争いのない事実である。)。ところが、被控訴人は、昭和36年7月頃、控訴人から妊娠したことを知らされるや、同年9月頃から、控訴人と合うことを避けるようになり、控訴人が昭和37年1月1日男子順を分娩した際、その費用の相当部分を支払つたほか、まつたく控訴人との関係を絶つにいたつた。 (中略) (三)前記(一)の認定事実によると、被控訴人は控訴人と結婚する意思がないのに右意思があるように装つて控訴人を欺き、控訴人の誤信に乗じて情交関係を結ばせ、控訴人の意思決定の自由、貞操、名誉を侵害したものとすべきであり、また前記(一)の事実関係によると控訴人が被控訴人の右加害行為により精神的苦痛を被つたものと認めるのが相当である。そして、法例第11条によると、不法行為によつて生ずる債権の成立および効力は、その原因たる事実の発生した地の法律によるべきものであり、本件について日本民法が法例第11条の指定する準拠法となることは前記(一)の事実関係から明らかであるところ、被控訴人の行為は日本民法第709条、第710条所定の不法行為の構成要件を充足するから、被控訴人は控訴人に対し、控訴人が被つた精神的損害の賠償として相当額の慰藉料を支払うべき義務があるものといわなければならない。 二、慰藉料請求の許否について。 被控訴人は、「控訴人は、被控訴人に妻があることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反するものであり、控訴人がこれにより精神的損害を被つたとしても、民法第708条本文の規定の類推適用により、右損害の賠償として慰藉料を請求することは許されない。」と主張し、これに対し、控訴人は、「被控訴人と妻ミチコとは、当時、事実上の離婚状態にあつたものであるから、控訴人の行為は公序良俗に反しない。したがつて、控訴人の慰藉料請求に対して民法第708条の類推適用はない。仮に右主張が理由がないとしても、被控訴人が控訴人と情交関係を結んだ動機ないし目的、行為の内容の諸点からみると、被控訴人の行為には許し難い不法性があり、一方、控訴人は、被控訴人から欺かれて被控訴人と情交関係に入つたものであり、不法はもつぱら被控訴人の側にあるから、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の類推適用は排除される。」と主張するので、以下この点について判断する。 (一)おもうに、女性が男性に妻のあることを知りながら、男性と、長期間にわたり継続的に、情交関係を結ぶ行為は、一般的にいえば、男性の、妻に対する貞操義務違反に加担する違法な行為であるのみならず、男性と共同して、夫婦共同生活を支配する貞潔の倫理にもとる行為に出たことにもなつて、民法第90条にいう公序良俗に反するものとの非難を免れず、女性がこれにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被ることがあつてもその損害の賠償を請求することは、結局自己に存する不法の原因により損害の賠償を請求するものであり、このような請求に対しては、民法第708条本文の規定の類推適用により、法的保護を拒むべきである。この限りにおいて、被控訴人の主張は正当なものを含むものといわざるをえない。 しかしながら、夫婦が離婚の合意をして、別居し、または、夫婦間にこれに類似する事情が生じ、夫婦共同生活の実体がまつたく存在しなくなり、婚姻解消の法律的手続を履むことだけが残されているという状態、すなわち事実上の離婚状態が生じている場合には、夫と性的関係をもつた妻以外の女性が、これにより貞操等を侵害され、精神的苦痛を被つたとして、その損害の賠償を請求するのに対し、民法第708条本文の規定を類推適用して法的保護を拒否することが必ずしも適当でないことがあるであろう。 さらにまた、夫と妻とが事実上の離婚状態になつていなくても、夫が妻以外の女性に対して欺罔手段を用いて情交関係を結び、女性の貞操等を侵害した場合において、(右情交関係が公序良俗に反することは否定することができないが)右関係を結ぶについての双方の動機ないし目的、欺罔手段の態容、男性に妻があることに対する女性の認識の有無等諸般の事情を斟酌して双方の不法性を衡量してみて、公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は男性に帰せしめられるべきであると認められるときは、民法第708条但書により同条本文の適用は排除され、女性の精神的損害の賠償請求は許容されるべきものと解するのが相当である。 (二)これを本件についてみるに、昭和35年5月当時、被控訴人と妻ミチコとの間がうまくいかず、被控訴人がミチコと同居はしているものの寝室を共にしないという状態であつたことは先に説明したとおりである。しかし、このことだけを根拠にして、被控訴人とミチコが事実上の離婚状態にあつたということができないことはいうまでもなく、このほか、控訴人と被控訴人とが情交関係を継続していた間に被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたことを肯認するに足りる証拠はない。 また、真正にできたことについて争いのない甲第三、第四号証と原審および当審における被控訴人本人尋問の結果とをあわせ考えると、ミチコは、昭和38年7月26日、被控訴人を相手どり、浦和地方裁判所に対し離婚請求の訴を提起し(同裁判所昭和38年(タ)第13号事件)、昭和38年8月16日、ミチコと被控訴人とを離婚する旨の判決の言渡があり、右判決はその頃確定した事実を認めることができるが(右認定を妨げる証拠はない。)、右事実は、被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたとは認められないという前記判断を左右するに足りないとすべきである。そうすると、被控訴人とミチコとが事実上の離婚状態にあつたことを前提として、控訴人の慰藉料請求に対しては民法第708条の類推適用はないとする控訴人の主張は採用することができない。 (三)しかし、 (イ)被控訴人は、性的享楽の目的を遂げるために、控訴人が若年で思慮不十分であるのにつけこみ、真実は控訴人と結婚する意思がないのに、その意思があるように装い、妻と離婚して控訴人と結婚すると述べて、控訴人を欺罔し、控訴人をして、被控訴人が自分と結婚してくれるものと誤信させて、情交関係を結ばせ、爾後、同じ欺罔手段を用いて、1年有余にわたつて情交関係を継続させたものであり、一方、控訴人は、被控訴人のことばをそのまま信じ切つて、情交関係を結んだのである(前記一(一)参照)。 (ロ)控訴人は、被控訴人に妻があることを知つてはいたが(その故にこそ、控訴人は、被控訴人との関係について、「道徳的に考えたらまちがつている」と呵責の念にかられたこともあつたことは、前記乙第一号証の一ないし八によりこれを窺うことができる)、被控訴人から妻ミチコとの不和の状態を知らされたこともあつて、妻と離婚するということばを真に受けていて、被控訴人と結婚することができるという期待をもつて、被控訴人に身を委せたのである(前記一(一)参照)。 (ハ)また、前記甲第三号証に当審における証人Bの証言、被控訴人本人尋問をあわせ考えると、被控訴人は、ミチコと離婚する前である昭和34年11月から、Cと称する日本人女性と情交関係を結び、日ならずして、昭和35年から昭和36年にかけて、控訴人と情交関係を結んだほか、その後、Dとも情交関係をもつたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない(被控訴人とミチコを離婚する旨の前記判決は、被控訴人がC某および控訴人と情交関係を結んだことを被控訴人の不貞行為であるとし、これを離婚原因に当るものと判断している。そして、被控訴人Dとの関係は、ミチコがこれを指摘したにかかわらず、前記判決においては、肯認されなかつたが、現在、被控訴人はDとの関係を自認している。)。 以上(イ)ないし(ハ)に掲記した諸般の事情をあわせ考えると、控訴人が被控訴人の妻のあることを知りながら被控訴人と情交関係を結んだ行為が公序良俗に反することは否定できないが、不法性は明らかに被控訴人の方が大きく、このような公序良俗違反の事態を現出させた主たる原因は被控訴人に帰せしめられるべきものとすべきである。してみると、本件においては、民法第708条但書の規定により同条本文の規定の適用は排除され、控訴人の慰藉料請求は是認されるとするのが相当である。 三、慰藉料額について。 よつて,慰藉料額について判断する。原審および当審における控訴人本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨をあわせ考えると、控訴人がはじめて被控訴人と情交関係を結んだのは19才余の時期であり、それまでに異性に接した体験のない控訴人は、前記のとおり被控訴人から欺かれて情交関係を結び、果ては、結婚への期待を裏切られ、被控訴人の子である順の養育を一身に荷わなければならなくなつたもので、その精神的苦痛は多大なものがあることを認めることができる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。ただ、控訴人が被控訴人に結婚の意思があるものと誤信させられたとはいえ、結婚前の情交はこれを慎むのが良識ある女性のあり方であることをおもうと、控訴人がより慎重に身を処したならば、前記のような結果を回避し、精神的苦痛を幾分軽くすることができのではないかと考えられるのである。 そして、以上の事情に、(イ)本件不法行為の態容、(ロ)控訴人の財産状態(原審および当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は、一時、バーのホステスとして働いていたこともあつたが、その後、美容学校の学生に転じ、定収入がないことが窺われる。)、(ハ)被控訴人の財産状態(原審における証人Eの証言により真正にできたものと認められる乙第三号証に原審における証人Eの証言、被控訴人本人尋問の結果をあわせ考えると、被控訴人は昭和39年9月3日当時において月収手取り額234ドルの収入があつたことを認めることができ、その後右収入額が減つたことを認めるに足りる証拠はない。)(ニ)順に対しては、同人が成人する頃までの間、被控訴人から月額1万円の養育料が支払われることとなつていること(後記四参照)等の諸事情をあわせ考えると、被控訴人が控訴人に支払うべき慰藉料の額は60万円をもつて相当とすべきである。 四、慰藉料請求権の放棄の有無について。 (中略) このような状況に逢着した調停委員は、控訴人に対し、控訴人に慰藉料請求権があるかどうか疑わしいとの理由を挙げ、その支払の調整に難色を示す一方、双方に対し、養育費の月額として25ドル(前同様の計算によると合計219万円)を提案して、考慮を促した。そこで、控訴人は、慰藉料請求はしばらく保留することとし、とりあえず、養育費に関する調停委員案を容れることとした。 被控訴人側では、E弁護士が被控訴人に対し、慰藉料を兼ね合わせるということで右調停委員案を容れるよう説得に努めて、被控訴人の諒解を得たので、調停委員に対し、さきの提案を応諾すると回答し、昭和38年3月8日の最終期日において、被控訴人が順に対し養育費として月額1万円を支払うという基本的な方向において双方の意見の一致をみ、前記のような調停条項ができあがつた。 (三)右調停成立にあたつて、E弁護士から家事審判官あるいは調停委員に対し、同弁護士の被控訴人に対する前記説得のいきさつが報告されたことはなく、また、家事審判官から双方に対し、養育費という名目の額の中に実質上慰藉料を含ませるというような説明がされたこともなかつた。さらに、控訴人から慰藉料を請求しないという言明がされたこともない。 このように認められる。そして、右(一)ないし(三)の認定事実をあわせ考えると、控訴人が右調停成立の際慰藉料請求権を放棄した事実はなかつたものと認めるが相当である。 四、むすび 以上説明したとおりであつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し60万円およびこれに対する昭和38年7月23日(この日が本件訴状送達の日の翌日であることは記録上明らかである。)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求は棄却すべきである。よつて、これと異なる範囲において原判決を主文第一項ないし第三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第96条、第89条、第92条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 新村義広 裁判官 中田秀慧 裁判官 蕪山厳) 以上:7,063文字
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