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賃金規程の機械的適用での賞与支払拒否は民法90条違反とした地裁判決紹介

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令和 6年 4月13日(土):初稿
○判例時報令和6年4月11号に胸のすくような判決が掲載されていました。夏季賞与は支給日在籍者に支払うとの賃金規定を根拠に、支給日20日前死亡退職者に対する賞与支払を拒否した使用者に対し、考課対象期間満了日の経過をもって賞与請求権は具体的に確定しているとして、死亡退職者に支給日在籍要件を機械的に適用することは,民法90条違反とした令和4年11月2日松山地裁判決(判時2583号○頁、労働判例1294号53頁)です。

○母原告の子である亡Cが、被告医療法人に正職員として雇用され、被告の運営する施設において勤務していたところ、夏季賞与の支給日の20日前に病死し被告を退職したため、夏季賞与の支払がされなかったことに関し、亡Cの相続人である原告が、被告に対し、未払夏季賞与約28万円とこれに対する遅延損害金の支払を求めました。

○松山地裁合議部は、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められ、Cは、夏季賞与にかかる考課対象期間中、被告に継続勤務しており、Cに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存せず、本件夏季賞与の支給額は、考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定しており、Cに対して賞与支給日における在籍を賞与の支給要件とする被告の支給日在籍要件を適用することは、民法90条(平成29年法律第44号による改正前)により排除されるべきで、Cにつき、Cの死亡した時点において、賞与支払請求権が発生していたとして、原告の請求を認容しました。

○28万円の請求は通常簡裁管轄ですが、難事件と言うことで地裁の合議部で審理し、丁寧に審理して出した結論は、正に胸のすく極めて妥当なものでした。「Cが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、Cにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。」は正に同感です。

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主   文
1 被告は、原告に対し、28万2305円及びこれに対する令和元年6月29日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 主文同旨

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告の子である亡C(以下「C」という。)が、被告に正職員として雇用され、被告の運営する施設において勤務していたところ、令和元年の夏季賞与の支給日の20日前に病死し被告を退職したため、当該夏季賞与の支払がされなかったことに関し、Cの相続人である原告が、被告に対し、未払夏季賞与として28万2305円及びこれに対する賞与支給日の翌日である令和元年6月29日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条1項所定の年14.6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実
 以下の事実は、当事者間に争いがないか後掲証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1)当事者
ア 被告は、診療所や有料老人ホーム等を運営する医療法人である(甲3)。
イ Cは、平成21年8月、正職員として被告に雇用され、被告の運営する有料老人ホーム等で勤務していた者であるところ、急性骨髄性白血病にり患し、令和元年6月8日に腸管穿孔により死亡したことで、同日、被告を退職した(甲1、甲11、弁論の全趣旨)。
ウ 原告は、Cの実母であり、Cの唯一の相続人である(甲2の1、2)。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

(1)被告における賞与支給までの手続
ア 概要
 被告において、賞与(夏季賞与及び冬季賞与)の支給の有無及びその金額は、被告理事長の査定を経て決定される。
 賞与の査定は、夏季賞与については、6月10日頃から同月16日頃まで約1週間をかけて、冬季賞与については、11月に約1か月をかけて行われる。賞与の査定は、被告理事長の一存で行われるものであり、被告理事長による査定の後、速やかに支給等の処理のために会計事務所にデータが送付される。
 賞与の考課対象期間(査定対象期間)は、夏季賞与については、その支給される年の前年の10月16日からその支給される年の4月15日まで、冬季賞与については、その支給される年の4月16日から10月15日までとされていた。
(甲1、甲5、弁論の全趣旨)

イ 夏季賞与の場合
(ア)支給される年の前年12月における支給見込み額の通知
 被告においては、夏季賞与が支給される年の前年の12月に、夏季賞与の見込み額が被告の従業員に通知される運用となっていた。
 具体的には、毎年12月に、その年の冬季賞与の支給額とその内訳を記載した被告理事長名義の書面が被告の従業員に交付されるところ、同書面において、その翌年の夏季賞与の見込み額が記載されており、この見込み額は、基本的に、翌年(当該夏季賞与の支給される年)の月額基本給の額の1.5倍の金額で固定されていた(以下、この運用を「本件運用」という。)。
(甲29ないし甲34、弁論の全趣旨)

(イ)支給見込み額と実際の支給額との関係
 被告における夏季賞与の支給額は、前年の12月に通知された見込み額に増減を加えるべき事情(例えば、産休や育休などで長期欠勤していた場合等)がない限り、上記見込み額のとおりに決定されていた。
 また、過去に、被告の業績の変動を原因として、上記見込み額と異なる金額の夏季賞与が支給されたことはなかった。
(弁論の全趣旨)

(2)本件夏季賞与に係る支給手続等の経過
ア 被告は、平成30年12月、Cに対し、本件運用に従い本件夏季賞与の見込み額を34万1300円と通知した(甲34、弁論の全趣旨)。
イ Cは、本件夏季賞与の考課対象期間である平成30年10月16日から平成31年4月15日までの間、被告において、長期欠勤等することなく勤務した(弁論の全趣旨)。
ウ 本件夏季賞与に係る被告理事長の査定は、Cの死亡の後である令和元年6月20日、前記(1)アの手順のとおりに行われた(弁論の全趣旨)。

2 争点〔1〕(Cにつき、Cの死亡した時点において、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権が発生していたか否か)について
(1)賞与の性格と賞与支払請求権の発生要件
ア 一般に、賞与は、その時々の経済状況や業績等によって支給額が変動し得るものであり、支給対象期間の勤務に対応する賃金の後払いとしての性格を有すると共に、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解するのが相当である。また、賞与は、あらかじめ支給額が定められておらず、具体的な算定方式や支給額の決定に当たっては、勤続年数、職種、出勤年数等の客観的要素のほか、勤務実績、人事考課等の使用者の評価も考慮されることが多いものと解される。
 そうすると、賞与の支払請求権が認められるためには、当該賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができることを要するというべきである。


(ア)被告における賞与は、本件規程に根拠を持つ金銭給付であるところ、本件規程は、賞与は、毎年夏季及び冬季の賞与支給日に在籍する従業員に対し、医院の業績、従業員の勤務成績等を勘案して支給すること、経営状況の著しい悪化、その他止むを得ない事由がある場合には、支給日を変更するか、又は支給しないことがあることなどを定めている(18条、19条)。
 このような定めに照らすと、被告における賞与は、査定の過程を経て、被告の経営状況等を含む諸般の事情を踏まえて支給の可否及びその額が確定されるものであって、前記アのような一般に賞与が有するとされる複合的な性格、すなわち、賃金の後払いとしての性格に加えて、功労報償的な意味合いや、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解される。

(イ)そこで、Cについて、本件夏季賞与の支給額が、使用者の決定等を経て具体的に確定したものと評価することができるか否か検討する。
a 本件規程によれば、被告理事長の査定を経て賞与の支給の可否や支給額が定まる建前にはなっているものの、前記(1)イのとおり、被告において、夏季賞与額は、原則として、その支給される年の基本給1か月分の額に1.5を乗じた額にて算定される取扱いが定着しており、このように算定された夏季賞与の支給見込み額は、前年の12月に従業員に被告理事長名にて通知される運用(本件運用)とされ、考課対象期間に産休や育休などで長期欠勤していた等の事情で当該通知額と実際の支給額とに差異が生じることはあったものの、業績を原因としてその金額が変動したことはなかったと認められる。

 また、前記(1)アによれば、考課対象期間満了後、賞与の支給前に予定されている被告理事長の支給決定手続は、考課対象期間中における当該従業員の勤務実績や人事考課等に関する評価といった実質を伴うものではなく、むしろ支払のための形式的な事務手続としての側面が大きかったものと考えるのが合理的である。

 これらによれば、考課対象期間中に被告に在籍し、かつその期間中、長期欠勤などの夏季賞与の支給額が上記通知額を下回るような事情の存しない従業員の夏季賞与の支給額は、当該考課対象期間満了日の経過をもって、具体的に確定したと評価されるものと認められる。

b Cは、本件夏季賞与にかかる考課対象期間中、被告において継続して勤務しており、Cに長期欠勤などの本件夏季賞与の支給額が前年の通知額を下回るような事情は存しないから,本件夏季賞与の支給額は、本件夏季賞与の考課対象期間満了日である平成31年4月15日の経過をもって、具体的に確定したものと認められる。
ウ 被告は、本件運用の下で前年の12月に通知される支給見込み額は飽くまで参考額である、被告理事長の最終的な判断を経て、支給等処理のために会計事務所に夏季賞与額のデータが送付される以前にCが死亡している以上、Cの本件夏季賞与の支給額は具体的に確定していないし、本件夏季賞与の支払請求権は具体的権利として発生していないと主張するが、前記イ(イ)のとおりであるから、採用することができない。 

(2)本件支給日在籍要件の効力
ア 賞与は、毎月1回以上の期日に支払われる月例給与に加えて支給されるものであり、使用者は、賞与を支給する義務を当然に負うものではないから、賞与についていかなる支給基準を設けるかは個別の労働契約等によることとなり、賞与の受給資格のある者の範囲を明確な基準で定めることの必要性を一般に否定することはできない。また、前記(1)イ(ア)のとおり、被告における賞与は、賃金の後払いとしての性格、功労報償的な意味合いのみならず、将来の貢献を期待する勤労奨励的な性格も併せ持つものであると解されることから、考課対象期間より後の在籍の有無を考慮することも認められる。これらに加えて、支給日在籍要件によって、賞与の支給要件が明確な基準で定められることにより、労働者は、自らが予定ないし企図する退職時期と賞与の支給予定日とを比較対照することで、自らが賞与の支給対象となるか否かを予測することができ、労働者に不測の損害が生じることを避けることができるという利点があることも考慮すれば、支給日在籍要件には合理性が認められ、この点について当事者に争いはない。

イ もっとも、本件のような病死による退職は、整理解雇のように使用者側の事情による退職ではないものの、定年退職や任意退職とは異なり、労働者は、その退職時期を事前に予測したり、自己の意思で選択したりすることはできない。このような場合にも支給日在籍要件を機械的に適用すれば、労働者に不測の損害が生じ得ることになる。また、病死による退職は、懲戒解雇などとは異なり、功労報償の必要性を減じられてもやむを得ないような労働者の責めに帰すべき理由による退職ではないから、上記のような不測の損害を労働者に甘受させることは相当ではない。そして、賞与の有する賃金の後払いとしての性格や功労報償的な意味合いを踏まえると、労働者が考課対象期間の満了後に病死で退職するに至った場合、労働者は、一般に、考課対象期間満了前に病死した場合に比して、賞与の支給を受けることに対する強い期待を有しているものと考えるのが相当である。

ウ 本件においては、Cが、本件夏季賞与に係る考課対象期間中、長期欠勤等なく稼働することによって、本件夏季賞与の支給額は、上記考課対象期間満了日の経過をもって既に具体的に確定していたものと評価される状態にあったのであるから(前記(1)イ)、Cの本件夏季賞与の支給を受けることに対する期待は、単なる主観的な期待感の類いのものではなく、法的な保護に値し得るだけの高い具体性を備えたものであったといえる。

 また、Cが病死により被告を退職したのが本件夏季賞与の支給日の20日前であったという事情も考慮すれば、本件夏季賞与について、本件支給日在籍要件を機械的に適用して、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を否定することは、Cにとって、あまりに酷であるといわざるを得ない。

エ 以上のことを考慮すると、Cに対する本件夏季賞与についての本件支給日在籍要件の適用は、民法90条(平成29年法律第44号による改正前のもの)により排除されるべきであり、Cが本件夏季賞与の支給日において被告に在籍していなかったことは、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の発生を妨げるものではないと認められる。


(3)小括
 以上によれば、Cにつき、Cの死亡した時点において、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権が発生していたと認めることができる。

3 争点〔2〕(仮に賞与支払請求権が発生していたとして、その額)について
 原告は、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権に基づき28万2305円を請求しているところ、本件運用に従い平成30年12月に見込み額として通知された金額が34万1300円であったこと、Cが病死により被告を退職した日(令和元年6月8日)は本件夏季賞与の支給日(同月28日)の20日前であり、Cは、本件夏季賞与に係る考課対象期間満了日(同年4月15日)以降、本件夏季賞与の支給日までの大半の期間、被告に在籍していたことなどの事情を考慮すると、本件夏季賞与に係る賞与支払請求権の金額が、本件訴えにおける原告の上記請求額を下回ることはないと認められる。

第4 結論
 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
松山地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官 柴田憲史 裁判官 豊臣亮輔 裁判官 中野綾香

以上:6,195文字

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