令和 7年 6月27日(金):初稿 |
○「会社締結生命保険契約死亡保険金の全部会社帰属を認めた最高裁判決紹介」の続きで、その第一審の平成13年3月6日名古屋地裁判決(判タ1093号228頁)関連部分を紹介します。 ○被告の従業員らの妻達である原告が、被告が従業員らを被保険者として訴外保険会社と締結した団体定期保険契約に基づき受け取った生命保険金は、原告に支払われるべきであると主張し、被告に対し、保険金全額に相当する金員6120万円の支払を求めました。 ○これに対し、名古屋地裁判決は、保険金の使途が特定されていない場合でも、保険会社から支払われる死亡保険金より共益費用となる当該被保険者についての保険料の既払額を差し引いた残額のうちから、被保険者の遺族に対する給付に充当すべき金額を算出し、これから、企業の福利厚生制度による社内規定によって既に給付された金額を差し引いた残額をもって遺族への給付額とすべきものであるとして、請求の一部を認容しました。 ○被告と保険会社の間の保険金の全部又は相当部分の支払の合意については、これらの合意は,被保険者の死亡保険金の全部又は一部[保険金額が従業員の死亡の場合に福利厚生制度に基づいて支払われる給付額として社内的に相当な金額の範囲内のものであれば,原則としてその全部を,保険金額が右給付額として社会的に相当な金額を超えて多額に及ぶ場合には,保険金額の少なくとも2分の1に相当する金額(ただし,右給付額として社会的に相当な金額が右2分の1に相当する金額を上回る場合には,社会的に相当な金額が基準になるというべきである。)]を被保険者の遺族に対して福利厚生制度に基づく給付に充当することを内容とするとしました。 ○そして,在職中の不慮の死亡に対する付加給付の金額等総合考慮すれば,死亡従業員亡一郎らにつき,それぞれ3000万円を下回るものではないと認めるのが相当として、被告の社内規定に基づいて亡一郎らの相続人である原告らに支払われた給付分にも死亡保険金による充当が認められ,これを既払分として控除し、未払額は,亡一郎関係につき,1835万1000円,亡二郎関係につき,1711万5000円,亡三郎関係につき,2111万7000円となるとしました。私自身としては、バランスの取れた妥当な判断と思いました。 ********************************************* 主 文 一 被告は,原告甲野花子に対し,金1835万1000円及びこれに対する平成9年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 二 被告は,原告乙山月子に対し,金1711万5000円及びこれに対する平成10年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 三 被告は,原告丙川雪子に対し,金2111万7000円及びこれに対する平成10年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 四 原告らのその余の請求を棄却する。 五 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 六 この判決は,原告ら勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求 一 被告は,原告甲野花子に対し,金6120万円及びこれに対する平成9年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 二 被告は,原告乙山月子に対し,金6120万円及びこれに対する平成10年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 三 被告は,原告丙川雪子に対し,金6120万円及びこれに対する平成10年10月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は,被告の従業員であった亡甲野一郎(以下「亡一郎」という。),亡乙山二郎(以下「亡二郎」という。)及び亡丙川三郎(以下「亡三郎」という。なお,亡一郎,亡二郎及び亡三郎を含め,以下「亡一郎ら」という。)の各妻が,被告が亡一郎らを被保険者として訴外日本生命保険相互会社ほか8社との間で締結した団体定期保険契約に基づき,亡一郎らの死亡によって被告が支払を受けた生命保険金について,それが遺族である各妻に支払われるべきものであるとして,被告に対し,それぞれ保険金全額に相当する金員の支払を請求した事案である。 一 争いのない事実等(証拠を示した部分以外は争いがない。) 1 当事者 (一)亡一郎(昭和14年7月1日生)は,昭和38年に被告に臨時工として入社し,約1年後に正社員となって以降,被告の従業員として勤務していたところ,平成6年6月13日,脳梗塞により死亡した(死亡時満54歳)。 (中略) 2 団体定期保険契約の締結 (一)被告は,次のとおり,生命保険会社9社(以下「本件各保険会社」という。)との間で,それぞれ団体定期保険契約を締結していた(以下「本件各団体定期保険契約」という。)。 (1)日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)関係 (中略) 3 死亡保険金 被告は,亡一郎らの死亡により,本件各団体定期保険契約に基づき,本件各保険会社より,死亡保険金としてそれぞれにつき合計6120万円の支払を受けた。なお,内訳は,別紙保険目録記載のとおりである。 なお,亡三郎の死亡当時,同人を被保険者とする生命保険金の総額は,合計6680万円であった(平成6年12月1日をもって増額された。)と考えられるところ,当事者間では,合計6120万円として請求原因事実に争いがないものである。 4 原告らが亡一郎らの死亡により被告から支給を受けた金員(〈証拠略〉) (一)亡一郎(原告甲野花子)関係(〈証拠略〉,弁論の全趣旨) 退職金 1093万4000円(遺族一時金を含む。) 葬祭料 65万6000円 慶弔金 5万0000円(他に供花1対) 合計 1164万0000円 なお,この他に,健康保険組合から埋葬料36万円が支給されている。 (中略) 二 争点 1 保険金の全部又は相当部分の支払の合意の存否 2 仮に,被告と亡一郎らとの労働契約関係において,本件各団体定期保険契約による保険金の全部又は相当部分の支払の合意がないことにより,被告において,右保険金の全部又は相当部分を被保険者の遺族に支払うことなく,自ら取得して他の用途に使用するという取扱いが既成事実となっていたとした場合,かかる取扱いの公序良俗違反性の有無 3 信義則上の支払義務の存否 4 準共有の成否 5 不当利得返還請求権の存否(本件各団体定期保険契約における保険金受取人指定部分の有効性) 6 被告が亡一郎らの遺族に対して支払うべき金額 (中略) 第三 争点についての当事者の主張〈略〉 第四 争点に対する判断 一 団体定期保険制度の沿革とその運用経過について 1 証拠によれば,次の事実が認められる。 (中略) 2 団体定期保険契約(Aグループ保険)の法的性格について (一)団体定期保険契約の目的について (中略) 二 被告による本件各団体定期保険契約締結の経過等について 1 証拠によれば,次の事実が認められる。 (中略) 〔1〕保険契約の目的 従業員死亡の際の会社としての具体的な出費及び人的損失を担保するものであり,具体的には,次のとおりである。 ア 遺族補償 弔慰金 供花料 死亡退職金 遺児福祉年金 特別弔慰金(労災付加補償) イ 従業員死亡に伴う経済的損失の補填 従業員死亡に伴う逸失利益 代替人材の採用・育成経費等 ウ その他 当該死亡に関連する不慮の出費の補填等 〔2〕被保険者の同意 従業員全員が被保険者となるため,事前に全員について個別に同意を得ることは事実上不可能であり,訴外組合に対しその趣旨を説明の上,一括同意を得ることとし,従業員死亡の際には,遺族に説明の上,了解を得て必要書類を提出して頂くこととする。 (中略) 三 保険金の全部又は相当部分の支払の合意の存否について 本件各団体定期保険契約については,いずれも,保険会社と保険契約者である被告との間で,前記のとおり,契約の趣旨(付保目的)についての各合意が成立しているところ,これらの合意は,被保険者の死亡保険金の全部又は一部[保険金額が従業員の死亡の場合に福利厚生制度に基づいて支払われる給付額として社内的に相当な金額の範囲内のものであれば,原則としてその全部を,保険金額が右給付額として社会的に相当な金額を超えて多額に及ぶ場合には,保険金額の少なくとも2分の1に相当する金額(ただし,右給付額として社会的に相当な金額が右2分の1に相当する金額を上回る場合には,社会的に相当な金額が基準になるというべきである。)]を被保険者の遺族に対して福利厚生制度に基づく給付に充当することを内容とするものであり,既存の社内規定に基づく給付額が右保険金によって充当すべき金額と一致するか,又はこれを上回るときは,既存の社内規定に基づく給付額で足りるが,逆に,これを下回るときは,その差額分を保険金から支払うことを意味内容として含むものであり,被保険者の遺族において,右合意の利益を享受する意思を表示したときには,保険契約者に対し,右合意に基づいて給付を請求する権利を取得するものである。 しかして,原告らは,本件訴訟を提起したことにより,亡一郎らの相続人として右合意の利益を享受する意思を表示していることは明らかである。 なお,原告らは,保険金の全部又は相当部分の支払の合意について,第1次的には,保険契約者である被告と被保険者である従業員らとの間の合意として主張しているものであるが,要件事実としては,保険会社と保険契約者である被告との間で契約の趣旨(付保目的)についての確認がなされていることを前提とし、被保険者がこれに同意することによって,被保険者の遺族が保険契約者に保険金の全部又は相当部分の支払を請求する権利を取得する合意が成立することを主張しているものであって,右認定事実とは,要件事実としての同一性の範囲内のものと認めるのが相当である。 四 被告が亡一郎らの相続人である原告らに対して支払うべき金額について 前記判示のとおり,本件各団体定期保険契約の保険金6120万円から共益費用である亡一郎らのために支払われた保険料総額を差し引いた残額の2分の1に相当する金額,又は,遺族補償として社会的にも相当な金額のうち,より多額の方が,亡一郎らの相続人である原告らに遺族補償として支払われるべき金額となるところ,2分の1に相当する金額は,亡一郎につき,2940万2205円,亡二郎につき,2963万9526円,亡三郎につき,2935万5300円となるが,他方,遺族補償として社会的にも相当な金額としては,本件に現われた一切の事情(配当金による還元があったことに加え,後述のとおり,既に原告らに支払われた給付の全額に保険金の充当が認められるものであり,かつ,その給付は,ほとんどが退職金であり,在職中の不慮の死亡に対する付加給付としては,葬祭料のほか,わずかに慶弔金5万円と原告丙川につき遺児福祉年金75万円が支給されているのみで弔慰金の支給は全くないことなどの事情を含む。)を総合考慮すれば,亡一郎らにつき,それぞれ3000万円を下回るものではないと認めるのが相当であり,結局,原告らに遺族補償として支払われるべき金額は,それぞれ3000万円をもって相当と認める。 しかして,前記認定にかかる被告と本件各保険会社との本件各団体定期保険契約についての契約の趣旨(付保目的)についての合意の内容に照らせば,被告の社内規定に基づいて亡一郎らの相続人である原告らに支払われた給付分にも死亡保険金による充当が認められるものと解されるから,これを既払分として控除すると,未払額は,亡一郎関係につき,1835万1000円,亡二郎関係につき,1711万5000円,亡三郎関係につき,2111万7000円となる。 なお,右の結果により,被告は,亡一郎らの各死亡保険金のうち,それぞれ3000万円近くを取得することになるところ,被告においては,3000名を超える従業員全員を被保険者として本件各団体定期保険契約に加入し,これを継続することにより,毎年度多額の保険料を負担して,恒常的に相当の持ち出しをしているものであり,右のように従業員の死亡保険金のうち,半分近くを取得したとしても,何ら利得を得るものではないことからすれば,福利厚生措置としての本件各団体定期保険契約の継続の費用に充当するためのものとして,その取得を認めることに不都合はないというべきである。 五 原告らのその余の主張について 原告らは,本件各団体定期保険契約において被告を保険金受取人と指定した部分は公序良俗に違反するもので無効である旨主張するけれども,団体定期保険契約において保険金の受取人を保険契約者である企業とすることは通常よく行われていることであり,保険会社との関係で保険契約者が自ら保険金の受取人になったとしても,それだけで,団体定期保険契約を公序良俗に違反する目的で利用したことになるものではないというべきであり,主張自体失当である。 2 信義則上の支払義務の主張について 原告らは,労働契約に付随する信義則上の義務として,特段の事情がない限り,保険契約者である使用者は,団体定期保険によって支払を受けた保険金を被保険者である従業員又はその遺族に支払うべき義務を負う旨主張するけれども,信義則のみを根拠にして,かかる支払義務を使用者が負うと解することはできないというべきであり,これについても主張自体失当である。 六 結論 以上の事実によれば,原告らの本訴各請求は,それぞれ主文認容の限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当であるからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第1部 裁判官 田近年則 以上:5,673文字
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