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脳脊髄液減少症との因果関係を認めた平成22年7月1日岡山地裁判決紹介1

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平成27年 1月 9日(金):初稿
○交通事故による傷害で脳脊髄液減少症発症による後遺障害を理由とする損害賠償請求事件は多々ありますが、裁判所は殆ど認めません。おそらく担当した裁判官は、殆どの裁判例が、事故と脳脊髄液減少症発症の因果関係を認めていないため右に習えの姿勢になり、同様に認めない結論になるのであろうと推測しています。殆どの裁判官が認めないのに、これを認めると注目の判決となり、その上、控訴審に行って覆されたのではたまりません。そこで慎重にならざるを得ません。

○脳脊髄液減少症と交通事故の因果関係を認めた裁判例は殆ど把握していたつもりでした。たまたま自保ジャーナル交通事故判例検索で平成22年7月1日岡山地裁判決(交民集43巻4号821頁)を見つけました。原告車修理費15万円と比較的軽微な追突事故被害で36歳女子が脳脊髄液減少症発症しブラッドパッチ療法でも症状が改善しない事案で因果関係を認めた珍しい事案です。以下、全文を2回に分けて紹介します。

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主 文
1 被告らは、原告に対し、連帯して金1,863万1,517円及びこれに対する平成15年11月28日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告らに対するその余の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その4を原告の、その余を被告らの各負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨

(1) 被告らは、原告に対し、連帯して金8,715万9,491円及びこれに対する平成15年11月28日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は、被告らの負担とする。
(3) 仮執行の宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二 事案の概要
1 本件は、原告運転の自動車が被告乙山が運転する被告会社保有の自動車に追突された交通事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告が被告らに対し、本件事 故により脳脊髄液減少症(低脊髄圧症候群)にかかったとして、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条又は民法709条、715条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
 なお、本件は、被告らから原告に対する各債務不存在確認請求訴訟(当裁判所平成16年(ワ)第654号)が提起されたのを受けて、反訴として提起された訴訟であり、その提起にともなって、被告らが上記各債務不存在確認請求訴訟を取り下げ、原告もこれに同意したことから、原告が提起した反訴のみが審理、判決されるに至ったものである。

2 前提事実
 当事者間に争いがない事実に加え、証拠と弁論の全趣旨によれば、次の事実が容易に認められる。
(1) 本件事故の発生(甲1)
ア 日時 平成15年11月28日午後6時0分ころ
イ 場所 岡山県赤磐郡山陽町(現赤磐市)下市436番地の3先路上
ウ 被害車両 原告(昭和43年4月1日生)運転の普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)
エ 加害車両 被告乙山(昭和28年4月1日生)運転、被告会社保有の普通
乗用自動車(以下「被告車両」という。)
オ 態様 原告車両が対面赤色信号に従って停止中、被告車両を運転して後方から同一車線を進行してきた被告乙山が、前方の信号機に気を取られて前方注視を怠ったため、原告車両の後方13.9㍍の地点に至って初めてその存在に気付き、急ブレーキをかけるも及ばず、被告車両前部を原告車両後部に追突させ、原告車両を0.7㍍前方に押し出したもの(甲2ないし4、14、乙15、25、26、28)

(2) 責任原因
被告乙山は、本件事故当時、被告車両を運転していた者であり、被告会社は被告車両を保有していた者であるから、いずれも自賠法3条による損害賠償責任がある(なお、被告乙山は、上記のとおり、前方不注視の過失があり、被告会社の被用者でもあったから、被告らには、それぞれ民法709条、715条による各損害賠償責任もあるが、人身損害の賠償だけが求められている本件においては、以下、自賠法3条による損害賠償責任だけを考えることとする。)。
なお、被告乙山は、平成20年11月26日、業務上過失傷害罪により、岡山簡易裁判所に起訴(略式命令請求)された(乙132、143、144)。

(3) 原告の入通院状況等
ア 医療法人○○整形外科(以下「○○整形外科」という。)
 原告は、本件事故の翌日である平成15年11月29日、項部痛、上肢のしびれ、腰痛、頭痛、嘔気を訴えて○○整形外科を受診し、丙川春夫医師(以下「丙川医師」という。)により、頚椎捻挫、腰椎捻挫との診断を受け、平成16年5月21日まで同医院に通院した(甲20の2)。
 なお、この間の同年1月6日、原告は、あさひクリニックにおいて、MRI検査を受けており、C5-6の頚椎椎間板の変性、扁平化傾向(後方への飛び出しはない。 )、L4-5、L5-S1の腰椎ないし仙椎椎間板の変性、扁平化、膨隆があるとの診断がされている(甲19の2)。

イ 財団法人倉敷中央病院(以下「倉敷中央病院」という。)
 原告は、平成16年4月7日、左上肢のしびれ、脱力を訴えて倉敷中央病院神経内科を受診し、同月15日からは頭痛、腰痛、左上肢のしびれ、頚部強直を訴えて整形外科に、同年6月10日からは後頭部、首の付け根の痛みを訴えて麻酔科(ペインクリニック)にも受診し(他に泌尿器科、耳鼻科への受診もある。)、以後、原告が、終始、後頭部痛や後頚部痛等を訴えたことから、主として麻酔科にて、神経節ブロックを中心とする治療を受けながら、整形外科、神経内科にも受診しつつ、平成17年12月まで同病院に通院した。この間、原告は、麻酔科の丁原夏子医師からは外傷性頚部症候群等の、神経内科の戌田秋夫医師からは頚部脊髄症等の、整形外科の甲山冬夫医師からは頚椎、腰椎捻挫等の診断を受けている(甲21の2、ただし、送付嘱託時である同年7月13日までの診療録である。)。

ウ 独立行政法人国立病院機構福山医療センター(以下「国立福山病院」という。)
(ア) 原告は、ムチウチ支援協会から紹介を受け、平成17年11月30日、脳脊髄液減少症研究会ガイドライン作成委員会の構成員である乙川次郎医師(以下「乙川医師」という。)が勤務する国立福山病院を受診した。乙川医師は、原告に後頭部痛、頚部痛を認め、これを脳脊髄液減少症に関連する起立性のものと診断し、原告に対し、RI脳槽シンチグラフィ(radioisotope cisterno graphy以下「RIC」という。)を行うこととした(甲23、乙川医師の証言)。

(イ) そこで、原告は、同年12月26日、国立福山病院に入院し、翌27日から28日にかけてRICを受け、翌29日、硬膜外ブラッドパッチ(epidur al blood patch)療法(脊髄硬膜外自家血注入療法。以下「EBP」という。)を受けた。そして、原告は、平成18年2月23日から24日にかけて2度目のRICを受け、同年3月2日、これも2度目のEBPを受け、同月30日、同病院を退院し、同日から同年6月6日まで玉島協同病院に入院した。しかし、原告は、上記のとおり、2回にわたってEBPを受けたものの、その症状が改善することはなかった。

 次いで、原告は、同年6月6日、再び国立福山病院に入院し、同月7日から8日にかけてRICを受けたが、同月19日に予定されていたEBPを受けるのは拒絶し、同年8月2日、同病院を退院して玉島協同病院に入院した。原告は、国立福山病院入院当時からほぼ終日臥床状態が続いていたが、平成20年の再来院時には、車椅子で来院するまでに症状が悪化していた(甲23、乙川医師の証言)。

(ウ) なお、原告は、上記のとおり、平成17年12月26日から平成18年3月30日までと同年6月6日から同年8月2日までの2回にわたって国立福山病院に入院したが、同年2月分、3月分の入院費用28万9,440円と6月分ないし8月分の入院費用35万9,130円の支払をすることができなかった。そのため、独立行政法人国立病院機構は、同年10月31日、福山簡易裁判所に上記合計金64万8,570円の支払を求めて原告及びその父親を相手方とする少額訴訟を提起し、これらが岡山簡易裁判所に移送された後、和解が成立し、現在、原告らが同機構に対し、上記費用を分割して返済中である(乙42、44ないし46、乙川医師の証言)。

エ 原告は、上記各病院等のほか、別紙治療費等一覧記載の病院等へも入通院している(弁論の全趣旨)。

(4) 脳脊髄液減少症(低脊髄圧症候群)について
ア 低脊髄圧症候群に相当する疾患は1937年にドイツの神経学者が最初にその報告をし、最終的にこの疾患患者の大多数で髄液圧が低く、少量の脊髄液(cerebrospinal fluid)しか採取できないことが明らかとなったことから、この病名(低脊髄圧症候群、intracranial hypotensionがつけられ、1950年代にはこれが一般名称化したが、その後、頭蓋内圧、あるいは腰椎穿刺の初圧が常に異常に低いとは限らないことが明らかになり、脳脊髄液減少症(cerebrospinal fluid hypovolaemia)との名称が作り出された(なお、上記の経緯から、以下、この判決においては、原則として、脳脊髄液減少症との名称を用いることとする。)。原因となる病態は脊髄液の漏出(leakage)であり、たとえば、水頭症の治療のために行うシャント手術の後、過度に髄液が腹腔内に流出した場合等については「医原性」の低脊髄圧症候群と呼ばれ、また、これといった原因を特定できないものについては「特発性」(spontaneous)の低脊髄圧症候群と呼ばれている。症状としては、起立性の頭痛が典型的だが、他のパターンの頭痛も同様にみられ、関連する症状も多く、頚部痛、聴覚異常、複視、顔面のしびれ、認知機能障害がみられ、さらに昏睡状態になることもあるとされている(乙33、116の8頁、121の対訳部分1頁)。

イ 平塚共済病院の脳神経外科部長であった丙原三郎医師(現国際医療福祉大学附属熱海病院脳神経外科教授。以下「丙原医師」という。)は、交通事故による「むち打ち症」の後遺症患者を治療するうち、これらの患者の病態は脳脊髄液減少症の病態に類似しており、少なくとも「むち打ち症」後遺症患者の一部(ただし、丙原医師によれば、脳脊髄液減少症が疑われた871人中、脳脊髄液減少症と診断したのが717人であり、そのうち、交通事故を原因とするものが331人であるという。)は、交通事故外傷に起因する脳脊髄液の漏出、減少を原因とする脳脊髄液減少症の患者であるとの見解に達し、その旨を公表するとともに、この見解に従った診断、治療(RICはそのうちの診断方法の一つであり、EBPはそのうちの治療方法の一つである。)を実践した(乙33)。

 現在、丙原医師の上記見解については、賛否両論があり(甲39の1・2、乙115、116)、また、脳脊髄液減少症自体未解明の部分が多いが、軽微な外傷を契機として脳脊髄液減少症の症状が現れることは、概ね肯定されているようであり(乙114の394頁から395頁)、EBPの施行を含む脳脊髄液減少症の診療に当たる医療施設等も全国的に逐次増加している(乙117)。

ウ 脳脊髄液減少症の診断基準として、わが国では、平成19年、丙原医師を委員長とする脳脊髄液減少症研究会ガイドライン作成委員会による「脳脊髄液減少症ガイドライン2007」(治療の基準を含む。以下「ガイドライン」という。)と日本神経外傷学会の構成員による「低髄液圧症候群の診断基準」(以下「診断基準」という。)とが公表されており、その内容はそれぞれ別紙のとおりである。いずれの基準とも頭部外傷による又はこれに伴う脳脊髄液減少症ないし低髄液圧症候群の存在を認めているが、診断基準にあっては、同別紙に記載のとおり、起立性頭痛(同注1参照)又は体位による症状の変化(同別紙注2参照)を前提基準とする点において、このような枠を設けないガイドラインと大きく異なっている。また、ガイドラインも、診断基準も、脳脊髄液減少症について未解明の点が多いことから、「今後も1年ごとに改訂作業を続ける予定であり」(ガイドライン)、「引き続き作業部会において一層の検討を重ねる予定である」(診断基準)ことがそれぞれ明記されている(甲25、26)。

3 争点及び争点に関する当事者の主張
 本件の争点は、①原告の脳脊髄液減少症罹患の有無と②損害額の算定の2点にあり、これに関する当事者の主張は、次のとおりである。
(1) 原告の脳脊髄液滅少症罹患の有無
(原告)

ア 原告の症状については、脳脊髄液減少症であるとの診断が出ている(乙29、30、32)。また、○○整形外科の診療録には、「項部痛及び後頭部痛有り」との記載があり、倉敷中央病院神経内科や麻酔科における診療録には、「痛み、痺れ以外にめまい、ふらつきなどの症状がある」、「後頭部、首の付け根が痛む、動作時に疼痛↑、自発痛、安静時痛、めまい、嘔気」との記載があるが、これらはいずれも脳脊髄液減少症の特徴的な症状である。

イ 被告らは、原告の症状が心因性のものであると主張するが、脳脊髄液減少症の症状は、上記のとおり多岐にわたるため、受診する科も内科、整形外科、脳神経外科、耳鼻科、眼科等さまざまなものとなり、しかも、検査を行っても、異常所見が見つからないため、「気のせいだ」とか「うつ病だ」とかいわれてしまうことが多いのであって、原告の症状が直ちに心因性のものであると断定することはできない。

ウ 国立福山病院の看護記録には、「同室患者と座位で1時間以上も雑談している」、「しっかりと座位になられている」、「座り込み話をしている」といった記載があるが、他方、「座位になるとしんどい」、「座位長時間になるとしんどい様」、「頭上げるとしんどい」、「起きれません」、「めまい強く臥床したまま」、「立位保持困難」、「ストレッチャー移動の際、めまい、吐き気強く~帰室する 頚部痛、頭痛変わらず有り」といった記載もある。また、主治医の診療録には、起立性の「後頭部痛、頚部痛」、「起立性頭痛、頚部痛」との記載があり、主治医である乙川医師が原告の症状を起立性頭痛であると診断していることは明らかである。

エ 被告乙山が脇見をした地点から衝突地点までが31.7㍍、ブレーキをかけた地点から衝突地点までが13.9㍍であるから、空走時間、空走距離を考慮すると、被告車両のブレーキがきき始めてからわずか5.57㍍で原告車両と衝突しているのであり、その衝撃は軽微なものとはいえない。

(被告ら)
ア 本件事故日は平成15年11月28日であるが、乙29、30、32は、いずれも平成18年1月ないし3月時点のものであり、およそ2年以上経過した段階で初診し、遡ってその原因を特定するなど、通常の医師になし得るものではない。また、甲23の200丁の診療情報提供書には、主治医である乙川医師らが「正直なところ現在の症状が、脳脊髄液減少症によるものか否か確信はありません」と記載されていることからすると、乙29等の信用性は極めて乏しいといわざるを得ない。

イ ○○整形外科の平成16年3月1日付け紹介状には、「神経質で思いこみが強いようでもあります。心療内科を含めよろしく御高診お願いします。」との記載がある。また、倉敷中央病院の診療録にも、耳鼻科では、聴力障害の所見がありながら、メモ欄に「リアクション?は普通にできているようですが」との記載があり、麻酔科では「今後心因要素も特定」との記載があるのであって、原告の症状は心因性の疑いが強い。

ウ 国立福山病院の看護記録によると、原告の症状が座位で15分以内に増悪しているとは考えにくいし、原告の頭痛等は起立性のものとは異なる。また、同看護記録には、「他の患者より、夜遅く電話を大きな声でするので迷惑だとの苦情あり、日中も電話が頻回なので困る」とのクレームが記載されており、起立性頭痛に悩まされている患者の入院生活とは到底考えられない。

エ 甲29によれば、本件事故の際、原告車両に作用した加速度は1.13ないし2.26Gであり、加速度が3G未満の場合、いわゆるむち打ち症状が1か月を超える例はないとされている。したがって、仮に原告が本件事故によって受傷したとしても、1か月未満に治療終了する程度のものであり、長期間症状が継続することはない。


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