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死亡による人身傷害保険金請求権の請求権の帰属等についての最高裁判決紹介

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令和 7年11月13日(木):初稿
○保険金請求権者につき「被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。」との定めがある自動車保険の人身傷害条項に基づく人身傷害保険金の請求権は相続財産になること及び死亡保険金の額は、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として算定されるべきであって、被保険者の死亡により精神的損害を受けた被保険者の近親者が存在することは死亡保険金の額に影響を及ぼすものではないことを明言した令和7年10月30日最高裁判決(裁判所ウェブサイト)全文を紹介します。

○死亡事故についての人身傷害保険金請求権の性質について重要な論点を含む事案で、第一審は令和5年2月27日東京地裁判決(LEX/DB)、第二審は令和5年10月3日東京高裁判決(現時点では判決文未登載)で、事案解明のために第一審判決を別コンテンツで紹介して、判決説明を試みます。

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主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由
第1 事案の概要

1 本件は、Aが車両を運転中に自損事故を起こして死亡したことについて、Aの相続人であるBが、当該車両に係る自動車保険契約の保険者である上告人に対し、当該保険契約に適用される普通保険約款中の人身傷害条項(以下「本件人身傷害条項」という。)に基づくAの人身傷害保険金の請求権を相続により取得したと主張し、人身傷害保険金の支払を求めて提起した訴訟である(Bが第1審係属中に死亡し、被上告人らが相続により本件訴訟を承継した。)。

 これに対し、上告人(※保険会社)は、本件人身傷害条項の定めによれば、上記請求権は、Aの相続財産に属するものではなく、Aからの相続について相続放棄をしたAの子らが原始的に取得している旨、仮に被上告人らが上記請求権を取得しているとしても、本件人身傷害条項において精神的損害の額として定められている金額の一部は、当該子らが保険金として取得すべきものであるから、当該金額の全額を被上告人らが取得することを前提として上記人身傷害保険金の額を算定することはできない旨主張するなどして争っている。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1)Aが代表者を務める会社は、平成31年、上告人との間で、本件人身傷害条項のある普通保険約款が適用される自動車保険契約を締結した。

(2)本件人身傷害条項には、要旨、次のような定めがあった。
ア 上告人は、急激かつ偶然な外来の事故(被保険車両の運行に起因する事故等に限る。)により被保険者が身体に傷害を被ること(以下「人身傷害事故」という。)によって、被保険者又はその父母、配偶者若しくは子が被る損害に対して,保険金請求権者に人身傷害保険金を支払う。

イ 被保険者は、被保険車両の正規の乗車装置若しくはその装置のある室内に搭乗中の者、被保険車両の保有者又は被保険車両の運転者をいう。 

ウ 保険金請求権者は、人身傷害事故によって損害を被った次のいずれかに該当する者とする。
(ア)被保険者。ただし、被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする。
(イ)被保険者の父母、配偶者又は子(以下、上記(ア)に該当する者を保険金請求権者とする定めを「本件条項1」と、上記(イ)に該当する者を保険金請求権者とする定めを「本件条項2」といい、本件条項1によって保険金請求権者が定まる人身傷害保険金のうち、被保険者が人身傷害事故により死亡した場合に生ずるものを「死亡保険金」という。)

エ 1回の人身傷害事故につき上告人の支払う人身傷害保険金の額は、下記オにより決定される損害の額並びに損害防止費用及び権利保全行使費用の合計額から、当該損害を補償するために支払われる給付で保険金請求権者が既に取得したものの額等を控除するなどした額とする。

オ 人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、被保険者に、傷害を被った直接の結果として、〔1〕治療を要したことによる損害、〔2〕後遺障害が発生したことによる損害又は〔3〕死亡したことによる損害が発生したときに、損害の区分ごとに、それぞれ人身傷害条項損害額基準(以下「本件損害額基準」という。)により算定された金額の合計額とする。

カ 本件損害額基準の死亡による損害に関する部分は次のとおりである。
(ア)死亡による損害は、葬儀費、逸失利益、精神的損害及びその他の損害とする。
(イ)葬儀費は、60万円とする。ただし、立証資料等により60万円を超えることが明らかな場合には、120万円を限度に必要かつ妥当な実費とする。
(ウ)逸失利益は、原則として、収入額から生活費を控除した額に就労可能年数に対応するライプニッツ係数を掛けて算出する。
(エ)精神的損害とは、被保険者の死亡により本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた精神的苦痛等による損害をいう。精神的損害の額は、被保険者の属性別に、〔1〕被保険者が一家の支柱である場合は2000万円、〔2〕被保険者が一家の支柱でない場合で65歳以上のときは1500万円、〔3〕被保険者が一家の支柱でない場合で65歳未満のときは1600万円とする(以下、これらの金額を「本件精神的損害額」と総称する。)。
(オ)その他の損害は、人身傷害事故と相当因果関係のある範囲内で、社会通念上必要かつ妥当な実費とする。

(3)Aは、令和2年1月、上記保険契約の被保険車両を運転中に自損事故を起こし、これにより死亡したものであって、本件人身傷害条項における被保険者(以下、単に「被保険者」という。)に当たる。

(4)Aの子らはいずれもAからの相続について相続放棄の申述をし、これらが受理されたため、Aの母であるBがAの遺産を単独で相続した。Bは第1審係属中の令和4年9月に死亡し、Bの子である被上告人らが本件訴訟を承継した。

第2 上告代理人古笛恵子の上告受理申立て理由第3から第5までについて
1 所論は、本件条項1が、保険金請求権者について、あえて「被保険者が死亡した場合はその法定相続人とする」と定めていることなどからすると、死亡保険金の請求権は、被保険者の第1順位の法定相続人であるAの子らに原始的に帰属し、被保険者の相続財産に属しないと解されるにもかかわらず、当該請求権が被保険者の相続財産に属するとした原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあるというものである。

2 本件人身傷害条項によれば、人身傷害保険金は人身傷害事故により生ずる損害に対して支払われるものとされ、本件条項1の柱書きは、保険金請求権者を「人身傷害事故により損害を被った」者とする旨を定めている。また、本件人身傷害条項では、人身傷害保険金を支払うべき損害の額について、損害項目に応じて、これを実費、あるいは、損害の程度等を踏まえた特定の方法により算定される額としており、人身傷害保険金の額は、人身傷害事故により生ずる具体的な損害額に即して定まるものとされている。そして、損害を填補する性質の金員の支払等がされた場合は、当該金員の額を控除するなどして人身傷害保険金を支払うものとされている。これらの点からすれば、本件人身傷害条項において、人身傷害保険金は、人身傷害事故により損害を被った者に対し、その損害を填補することを目的として支払われるものとされているとみることができる。

 そして、本件人身傷害条項では、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合においても、精神的損害につき被保険者「本人」等が受けた精神的苦痛による損害とする旨の文言があり、逸失利益につき被保険者自身に生ずるものであることを前提とした算定方法が定められていることからすれば、死亡保険金により填補されるべき損害が、被保険者自身に生ずるものであることが前提にされているといえる。

 以上のような本件条項1の文言、本件人身傷害条項の他の条項の文言や構造等に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件条項1は、人身傷害事故により被保険者が死亡した場合を含め、被保険者に生じた損害を填補するための人身傷害保険金の請求権が、被保険者自身に発生する旨を定めているものと解すべきである。本件条項1のただし書は、死亡保険金の請求権について、被保険者の相続財産に属することを前提として、通常は法定相続人が相続によりこれを取得することになる旨を注意的に規定したものにすぎないというべきである。
 したがって、死亡保険金の請求権は、被保険者の相続財産に属するものと解するのが相当である。
 よって、所論の点に関する原審の判断は是認することができる。

第3 上告代理人古笛恵子の上告受理申立て理由第2(ただし、排除されたものを除く。)について
1 所論は、被保険者の死亡により精神的損害を受けた被保険者の父母、配偶者又は子(以下、父母、配偶者又は子を併せて「近親者」という。)が存在する場合、死亡保険金の額について、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として算定することはできないにもかかわらず、これができるとした原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあるというものである。

2 本件条項2は、保険金請求権者として、人身傷害事故により損害を被った被保険者の近親者を掲げており、本件損害額基準は、被保険者が死亡した場合の被保険者の近親者の精神的損害について定めているから、被保険者の死亡によって固有の精神的損害を受けた近親者は、本件条項2に基づき、これを填補するための人身傷害保険金の請求権を取得するものと解される。

そして、人身傷害保険金を支払うべき損害の額は、本件損害額基準により算定された金額の合計額であるとされているところ、本件損害額基準では、被保険者の死亡により「本人のほか、父母、配偶者、子等の遺族が受けた」精神的損害の額として、被保険者の属性に応じた区分ごとに単一の金額である本件精神的損害額が定められている。そうすると、本件精神的損害額は、被保険者自身及びその近親者の精神的損害の填補として支払われるべき人身傷害保険金の総額を定めたものと解するのが相当である。

 その上で死亡保険金の額についてみると、本件人身傷害条項によれば、被保険者の近親者が存在しない場合には、人身傷害事故により死亡した被保険者の精神的損害の額が、本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定すべきこととなる。そして、本件条項2により保険金請求権者となる近親者が存在することによって、被保険者が受けた精神的苦痛等が減少するものとはいえず、本件人身傷害条項においても、当該近親者が存在する場合に当該近親者の保険金の額と死亡保険金の額とを調整する旨の定め等は存在しない。

加えて、被保険者の近親者が固有の精神的損害について保険金を請求する意思がない場合において、死亡保険金の額が減額されるとすれば、本件精神的損害額の全額に満たない額しか支払われないことになってしまい、本件損害額基準が被保険者の属性ごとに単一の金額である本件精神的損害額を定めていることとそぐわないものといわざるを得ない。

これらの点に加え、保険契約者の通常の理解を踏まえると、本件人身傷害条項は、被保険者が人身傷害事故により死亡した場合には、被保険者の近親者が存在するときであっても、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として、死亡保険金の額を算定するものとしていると解すべきである。そして、そのように解したとしても、本件人身傷害条項は、死亡保険金の請求権と、本件条項2に基づく被保険者の近親者の保険金の請求権について、上告人が、後者の請求権の金額の範囲内で、全ての保険金請求権者のために各保険金請求権者に対して履行をすることができる旨定めていると解することができるから、上告人において二重払の負担を負うものではないというべきである。

 以上によれば、死亡保険金の額は、人身傷害保険金を支払うべき被保険者の精神的損害の額が本件精神的損害額の全額であることを前提として算定されるべきであって、被保険者の死亡により精神的損害を受けた被保険者の近親者が存在することは死亡保険金の額に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
 よって、所論の点に関する原審の判断は結論において是認することができる。

第4 結論
 以上のとおりであるから、論旨はいずれも採用することができない。なお、その余の上告受理申立て理由は、上告受理の決定において排除された。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 堺徹 裁判官 安浪亮介 裁判官 岡正晶 裁判官 宮川美津子 裁判官 中村愼)
以上:5,253文字

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