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仮差押手続懈怠等を理由に弁護士が着手金等返還を求められた判決全文紹介3

平成27年 9月15日(火):初稿
○「仮差押手続懈怠等を理由に弁護士が着手金等返還を求められた判決全文紹介2」の続きです。


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2 争点(1)(本件委任契約の委任事務の範囲,被告の善管注意義務違反の有無)について
(1) 本件委任契約の委任事務の範囲

 前記争いのない事実等(2)のとおり,本件委任契約書上,受任範囲として「示談折衝,その他(内容証明作成)」と記載されており,証拠(甲1)によれば,同項には,これらのほか,「保全処分(仮処分,仮差押,証拠保全)」を選択し得る記載があるが,これが選択されていないことが認められる。

 そうすると,原告が指摘する,原告が債権回収に強い弁護士として被告を紹介された事実,被告が原告に対し着手金の説明をする際に,「6000万円取れるか,3000万円取れるか,900万円取れるか分からないけど,直ぐに回収できれば安いものでしょう。」と告げた事実を考慮しても,本件委任契約の委任事務は,本件委任契約書に記載された示談折衝及び内容証明作成に係る事務であり,仮差押命令申立てに係る事務はこれに含まれていなかったものと解さざるを得ず,他に仮差押命令申立てに係る事務が本件委任契約の委任事務に含まれていた事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 被告の善管注意義務違反について
 被告が善良なる管理者の注意義務をもって依頼者である原告の法律上の権利及び利益を擁護し損害を防止するのに必要な最善の弁護活動をする義務を負うことは,原告が主張するとおりである。以下,被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があるかを検討する。
ア 本件債務承認書作成について
(ア) 本件債務承認書の内容は,前記争いのない事実等(4)のとおりであり,Aが承認する債務について,貸金債務か不法行為に基づく損害賠償債務かという債務の法的性質を記載していなかったこと,平成22年7月以降の毎月末日限りの約定弁済額が特定されていなかったこと,約定の分割弁済を遅滞した場合の期限の利益喪失に係る約定及び遅延損害金を支払う旨の約定が定められていなかったことは,原告が指摘するとおりである。

 しかしながら,依頼者から債権回収に係る示談折衝を受任した弁護士としては,上記のとおり,善良なる管理者の注意義務をもって依頼者の法律上の権利及び利益を擁護し損害を防止するのに必要な最善の弁護活動をする義務を負うものであるが,その最善の弁護活動の内容は,具体的事案に応じて変わるものである。本件では,本件債務承認書の内容が上記のとおりであり,特に,平成22年7月以降の約定弁済額が特定されていないこと及び分割弁済の期限の利益喪失に係る約定が存在しない点で,将来的な債権回収の不確実性を残す内容であったと解さざるをえないが,その記載内容のみをもって,被告の弁護活動が最善のものではなく,原告に対する善管注意義務違反に該当すると解することはできない。

 被告は,本件債務承認書により,Aをして原告の被害総額に若干の遅延損害金を付加した5800万円の債務を承認させ,少なくとも平成22年6月30日に100万円の支払を約束させ,同年7月30日,同年8月31日及び同年9月30日の支払と同日までに少なくとも500万円を支払うことを約束させており,その弁済交渉の過程において原告の法律上の権利及び利益を擁護し損害を防止するのに必要な弁護活動をしたものと解され,これが最善ではなく,原告に対する善管注意義務違反に該当すると解すべき事情は認められない。
 したがって,本件債務承認書作成について,被告に本件委任契約上の善管注意義務違反があるとはいえない。

(イ) なお,本件において,原告が被告の弁護活動に対して不満を抱く原因の1つは,本件債務承認書の作成当時から,原告が本件債務承認書の内容のうち分割弁済額が少額であることについて納得しないまま本件債務承認書の作成を承諾したことにあるものと解される。本件債務承認書作成に際しての被告の原告に対する意思確認の方法は,上記1(3)において認定したとおりであるが,被告は,より慎重に原告の真意を確認することが望まれたものといわざるを得ない。

イ 平成22年7月7日以後の委任事務について
(ア) 原告及びBと被告との平成22年7月7日の面談の状況は,上記1(5)において認定したとおりであり,被告は,原告及びBから仮差押命令申立手続等を行うことを要請されたのに対し肯定的な回答をしたものであった。
 しかし,同日時点では,Aから本件債務承認書に基づく分割金が同年6月末日に約定どおり支払われており,Aの資産に対して仮差押命令申立てをするにも,その保全の必要性の要件が充足されない可能性もあり,また,仮差押えによりAの分割金支払の意思を削ぐ結果になるおそれもあることから,本件債務承認書を作成させた弁護士本人である被告がAの資産に対する仮差押命令申立手続を直ちに行うことを承諾する旨原告及びBに述べたとは考え難く,実際,被告が仮差押命令申立手続を直ちにあるいは期限を定めて行うということまで具体的に述べて約束したという事実は認められない。また,当初の本件委任契約書に記載されていない委任事務を追加するのであれば,新たな委任契約書を作成したり,新たな委任事務に対する着手金を設定したりすることが想定されるが,これらが行われた事実は認められない。これらの事実を考慮すると,被告が,原告及びBから仮差押命令申立手続等を行うことを要請されたのに対し肯定的な回答をした事実をもってしても,被告が,本件委任契約上の委任事務としてAの資産に対する仮差押命令申立てを受任したと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(イ) また,上記認定のとおり,Aから平成22年6月29日,同年7月29日及び同年8月31日に本件債務承認書に基づく分割金として各100万円が約定どおり支払われていたことから,その間,被告がAの資産に対して仮差押命令申立てをしなかったことをもって,被告が原告に対する善管注意義務に違反したということもできない。

(ウ) したがって,平成22年7月7日以降,被告がAの資産に対する仮差押命令申立てを行わなかったことは,本件委任契約上の善管注意義務違反に該当するとはいえない。

(エ) なお,上述のとおり,被告は,原告及びBから仮差押命令申立手続等を行うことを要請されたのに対し肯定的な回答をしたものであったが,その結果として,原告及びBは,被告が仮差押命令申立手続を採ることを期待したものであった。被告は,弁護士として,平成22年7月7日の時点では仮差押命令申立ての要件を満たさない可能性が高いことや,同申立てを行った場合のデメリット等について,原告に対してより丁寧に説明をして理解を得るように努めることが望まれたものといわざるを得ない。

ウ Aと連絡が取れなくなった以後の委任事務について
 上記1(9)及び(10)において認定したとおり,被告は,平成22年9月30日,同日限りの分割金300万円の支払に関して,Aから,支払ができない旨と支払猶予の申し出を受け,この時点までAと連絡を取ることができたが,その後Aと連絡を取ることができなくなり,原告に対し,同年10月20日,今後の方針を協議するためファクシミリ書面を送付した。

 原告は,被告は,Aと連絡が取れなくなった段階で直ちに依頼者である原告に報告を行い,速やかに仮差押え,犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律による口座凍結などの法的手段を講じるべき義務があった旨主張する。
 民法645条は,受任者は,委任者の請求があるとき及び委任が終了した後には遅滞なく委任事務の処理の状況,経過及び結果を報告しなければならないと定めるところ,本件において,原告の請求の事実があったとはいえず,またAと連絡が取れなくなった時点で本件委任契約が終了したとはいえないことから,被告には,同条に基づく報告義務があったとはいえない。

 また,本件債務承認書に基づく同年9月30日支払期限の分割金の遅滞は,本件債務承認書作成の後3回にわたる約定の分割金の支払がなされた後の初めての遅滞であり,その事実のみから直ちにAの支払能力や支払意思が喪失したと断定することはできないものというべきであり,弁護士として,再度,ファクシミリ書面や内容証明郵便を送付してAと連絡を取ることを試みることは,弁護士の業務として通常許容される正当な業務の在り方であると解する。そして,被告が,もはやAからの応答は得られないと判断し,原告に対し,今後の方針協議を目的としてファクシミリ書面を送付したのが同年10月20日であったが,それまでの期間が不当に長いものと評価することはできず,この間,原告に報告をせず今後の方針協議を行わなかったこと,仮差押命令申立てあるいは犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律による口座凍結に係る手続を行わなかったことをもって,被告が本件委任契約上の善管注意義務を違反したものと解することはできない。

エ 以上より,被告において本件委任契約上の善管注意義務違反に当たる行為があったということはできない。

3 争点(4)(委任事務処理費用の精算金の支払義務の有無)について
 原告が被告に対し,本件委任契約に基づく委任事務処理費用として5万円を予納したことは,前記争いのない事実等(3)のとおりである。そして,証拠(乙2)によれば,被告は,本件委任契約に基づく委任事務処理費用(郵券代,コピー代,電話代,その他)として合計2万5130円を費やしたことが認められる。

 したがって,被告は,原告に対し,本件委任契約に基づき,5万円から2万5130円を控除した2万4870円を返還すべき義務を負う。

第4 結論
 よって,原告の請求は,その余の争点について判断するまでもなく,被告に対し,2万4870円及びこれに対する平成23年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の部分は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条ただし書を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用の上,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第43部 裁判官 宮崎拓也
以上:4,272文字

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