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「一切の遺言を全部撤回する」旨の遺言公正証書無効認定地裁判決紹介

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令和 4年 5月28日(土):初稿
○公証人が作成する公正証書遺言は、公証人が遺言作成能力を吟味した上で作成するのが建前のためこれを遺言作成能力無しとして遺言無効にするのは相当ハードルが高いと思われています。しかし、随分以前ですが、公正証書遺言無効の訴えを提起された被告側の代理人となったことがあり、原告側から遺言者の遺言当時精神能力に関する医療記録が提出されヒヤッとしながら、なんとか請求を棄却することができました。

○それ以来、高齢で且つ認知症の疑いがある方の遺言書作成を依頼された場合、遺言作成時の公証人との遣り取り等をビデオに収めるようにしています。その遣り取りから、遺言作成のための意思能力があることを、後にクレーム等が出た場合の証拠にするためです。

○公正証書遺言について、平成23年4月8日,先行遺言をした(その内容は,原告に対して,bビル・原告の自宅の敷地等を相続させ,被告Y1に対して,被告Y1の自宅の敷地等・残る一切の財産を相続させることなどであった。)ところ,同年6月21日頃,アルツハイマー型認知症と診断され、その後、平成25年11月27日,「一切の遺言を全部撤回する」との内容の公正証書遺言を作成し、これが認知力及び判断力が著しく低下していたものと認められるとして無効とした令和3年3月31日東京地裁判決(判時2512号○頁)理由部分を紹介します。

○A公証人がBに遺言能力が認められると判断したことについて、A公証人が,本件遺言の作成当時,Bがアルツハイマー型認知症と診断されていたこと等を認識していたか否か、Bの遺言能力の有無を判断するに当たりいかなる確認方法を用いたのか,Bが複数の不動産を所有しローン等の債務を負っていることを認識していたのか否かといった点が,いずれも不明で、A公証人がBに遺言能力が認められると判断したことをもって,Bに遺言能力が認められるということはできないとしています。

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主   文
1 東京法務局所属の公証人Aが平成25年11月27日に作成した平成25年第462号遺言(撤回)公正証書による甲山Bの遺言が無効であることを確認する。
2 訴訟費用は,被告らの負担とする。
 
事実及び理由
第1 請求

 主文同旨

第2 事案の概要
 本件は,甲山B(以下「B」という。)の法定相続人の一人である原告が,被告らに対し,Bを遺言者とする平成25年11月27日作成の遺言公正証書につき,Bが遺言能力を欠く状態で作成されたものであり,無効である旨を主張して,その確認を求める事案である。
1 争いのない事実等

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。なお,認定の主たる根拠となった証拠を,その末尾に掲記する。

         (中略)

2 本件遺言の作成時点におけるBの遺言能力の有無
(1)
ア 前記第2の1(3),(4)のとおり,Bは,平成23年4月8日,池袋公証役場において,先行遺言をした(その内容は,原告に対して,bビル・原告の自宅の敷地等を相続させ,被告Y1に対して,被告Y1の自宅の敷地等・残る一切の財産を相続させることなどであった。)ところ,同年6月21日頃,アルツハイマー型認知症と診断された。

 Bは,その後,平成25年11月27日に,板橋公証役場において本件遺言をした(前記第2の1(5)ア)ところ,上記のとおり,その約2年半前に先行遺言をしていたにもかかわらず,本件遺言において,「半年位前(引用者注:平成25年5月頃)より以前の時期のことについては,(中略)よく記憶していませんし,よく思い出せません。ですから,ひょっとしたら,半年位前より以前に遺言書を作っているかもしれない気もするのです。しかし,自分でもはっきりしません。」と付言している。これによれば,Bは,本件遺言の作成当時,池袋公証役場においてした先行遺言の具体的な内容ばかりでなく,先行遺言をしたこと自体を失念していたものと認められる。

イ そのため,Bは,本件遺言の作成当時,それよりも前に池袋公証役場において遺言をしたことさえ覚えていれば,(たとえ具体的な作成時期を失念し,更に先行遺言の正本等を紛失していたとしても,)同役場の公証人が保管する先行遺言(原本)の内容を確認することができたと考えられるにもかかわらず,遺言をした事実自体を失念してしまったため,その内容を確認することができず,板橋公証役場を訪れて,以前に作成した遺言を全部撤回する旨の本件遺言をするに至ったものといえる。

しかも,Bは,かかる状態にあるにもかかわらず,また,一般的に,アルツハイマー型認知症は不可逆的に認知機能が低下すると指摘されているにもかかわらず,本件遺言において,「私は,ここ半年位は身の回りのことだけでなく,自分の財産のことも十分わかっています。」と付言しており,その内容によれば,当時の自身の認知力及び判断力について,正確に認識していたか,疑わしいといわざるを得ない。
 これらの事情に照らすと,本件遺言をした当時におけるBの認知力及び判断力は,著しく低下していたものと認められるというべきである。


(2)
ア また,前記1(1)アのとおり,Bは,本件遺言をした時点に近接すると評価し得る平成24年ないし平成25年頃において,a社の事務所に出勤した際,直前の出来事(訪問してきた顧客や電話をかけてきた相手など)を失念する,禁煙である事務所内のほか,bビルのトイレやエレベーター内で煙草に火をつける,ファクシミリの送信方法を失念する,印鑑等の物を失くす,女性用トイレを使用する,造花に水をやる,同事務所の近所に存する銀行への行き帰りに道に迷うといったことがあった。

 このほか,前記1(1)イのとおり,Bは,平成24年12月に,故郷(長野市松代町)の産物である長いもについて,その代金を送付していないにもかかわらず,これを送付したものと勘違いし,複数回にわたって,グリーン長野農業協同組合松代総合センターに電話をしており,これを見かねた原告が,同センターの担当者に対して送信した書面には,「(Bが)最近痴呆の症状が進み,すぐに記憶がなくなってしまいます。私が代わって手続きをすれば良いのですが,プライドが高いせいか,それを嫌がります。今回の件も何度が送金していると,勘違いしているようです。」,「甲山Bは病気の為,記憶がなくなり,また注文の電話をするかもしれませんが,追加は一切ありませんので,ご理解下さい。」などと記載されている。

イ これらの事情からも,本件遺言をした当時のBの認知力及び判断力は,著しく低下していたものと認められる。

(3)
ア さらに,前記1(2)アのとおり,平成26年1月17日(本件遺言の作成日の約2か月後)を調査日とする,Bの認定調査票1には,「第4群 精神・行動障害」について,15項目すべてについて「ない」と記載されているものの,「第3群 認知機能」として,「2毎日の日課を理解」は「できない」,「3生年月日をいう」は「年齢は20歳若く答えたが,生年月日は正答した。」,「4短期記憶」は「できない」・「ナースコールを押すように言っても忘れてしまい,大声で看護師を呼んでおり,日常的に少し前に言った事を忘れてしまう。」,「6今の季節を理解する」は「できない」・「季節は『秋』と答えた。」と記載されているほか,「第5群 社会生活適応」のうち,「3日常の意思決定」について「日常的に困難」・「身の回りの事も自分で判断する事はなくなっており,意思決定は日常的に困難である。」と記載され,「認知症高齢者の日常生活自立度」についても,「日中を中心として,日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ,介護を必要とする状態が見られる。」ことを意味する「Ⅲa」と評価され,「失語症のため,意思の疎通の困難さがあり,認知症もあるため,指示が入り難くなっている。日常生活全般に介助されているため,自分で判断して行動する事は殆どない。」と記載されている。

 そして,これらの評価は,その後の平成26年12月10日(本件遺言の作成日の約1年後)を調査日とする認定調査票2において,更に悪化し,例えば,「認知症高齢者の日常生活自立度」については,「日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ,常に介護を必要とする。」ことを意味する「Ⅳ」と評価され,「意欲の低下あり,日中も寝て過ごす事が多い。限定された事に関する意思表示はあるも,日常生活に支障を来す様な症状・行動が多く,意思疎通の困難さもある。」と記載されている(前記1(3)ア参照)。

イ また,前記1(2)イのとおり,平成26年1月22日(本件遺言の作成日の約2か月後)を最終診察日とする,Bの主治医意見書1には,「認知症高齢者の日常生活自立度」について,「日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られ,常に介護を必要とする。」ことを意味する「Ⅳ」と記載され,「(2) 認知症の中核症状」についても,「短期記憶」・「問題あり」,「日常の意思決定を行うための認知能力」・「判断できない」,「自分の意思の伝達能力」・「具体的要求に限られる」と記載されており,Bが「介護への抵抗」を示していたことを意味する記載もある。

 そして,これらの評価は,その後の平成26年12月12日(本件遺言の作成日の約1年後)を最終診察日とする主治医意見書2においても,大きくは改善していない(前記1(3)イ参照)。

ウ 前記ア及びイの各記載ないし評価は,いずれも,Bが平成25年12月20日頃に脳出血を発症した(前記第2の1(6))よりも後のものであり,これをもって,本件遺言(同年11月27日)当時のBの認知力及び判断力を判断ないし評価するには慎重な配慮が必要であるといえるが,一方で,前記(1),(2)のとおり,認定調査票1及び2並びに主治医意見書1及び2の各記載内容以外の事実を根拠として,本件遺言をした当時のBの認知力及び判断力が著しく低下していたものと認められるのであり,かかる認定・判断は,前記ア及びイの各記載ないし評価と合致する関係にある。

これに加えて,上記の脳出血の前後において,Bの認知力及び判断力が大きく変化したことを具体的ないし客観的に裏付ける医学的証拠(診断書,カルテ等)がないことを考慮すると,前記ア及びイの各記載ないし評価についても,本件遺言をした当時のBの認知力及び判断力が著しく低下していたことを裏付けるものと評価するのが相当である。

(4)

(ア) これに対し,被告らは,Bに遺言能力が認められる旨を主張し,その根拠の一つとして,本件遺言が「一切の遺言を全部撤回する」という単純な内容であることを挙げる。そして,本件遺言の内容については,確かに,複雑,難解といったものではないといえる。

(イ) しかし,前記(1)のとおり,Bは,本件遺言の作成当時,約2年半前に先行遺言をしたこと自体を失念している。先行遺言(別紙2)の内容によれば,Bは,その作成当時,複数の不動産を所有し,子である原告及び被告Y1の各住所,a社における立場等に相当な配慮をして,不動産のみならず,預金の配分やローン・固定資産税の負担まで含めた分割内容を検討したものと認められるにもかかわらず,これを作成した事実自体を失念していることからすると,当時のBの認知力及び判断力は著しく低下していたといえるから,本件遺言の内容自体が複雑,難解といったものでないことを考慮しても,その遺言能力を肯定するには躊躇を覚える。

 また,Bは,上記のような状態にあるにもかかわらず,そして,一般的に,アルツハイマー型認知症は不可逆的に認知機能が低下すると指摘されているにもかかわらず,本件遺言において,「私は,ここ半年位は身の回りのことだけでなく,自分の財産のことも十分わかっています。」と付言しており,当時の自身の認知力及び判断力について,正確に認識していたか,疑わしい。

本件遺言の内容は,これまでにした一切の遺言をすべて撤回するというものであり,本件遺言の作成後新たに遺言を作成する前にBが死亡した場合には,その法定相続人らが各自の法定相続分に応じた相続をすることになるところ,当時のBの財産(複数の不動産,預金,ローン,固定資産税等)の内容に照らすと,かかる法定相続が発生した場合には,a社の本社が存するbビル,原告の自宅の敷地,被告Y1の自宅(本件自宅)などのすべての不動産について,法定相続人ら(本件養子縁組の時期及び有効性に係る帰結次第では,原告及び被告Y1のほかに,被告Y2もこれに加わることになる。)の共有に属する状態を発生させることとなるから,かかる状況の下,各財産の価値を適正に算定し,遺産分割協議を成立させる(高額の不動産を取得する者が他の相続人に支払う代償金の額等について,同人の同意を得る)には様々な困難が予想されるにもかかわらず,本件遺言の作成に当たり,Bがこの点を考慮したことをうかがわせる証拠は全くない。

Bは,本件遺言をするに当たり,後日改めて,子供たちの公平に配慮した遺言をする意図を有していたものと認められるものの,上記のような当時のBの認知力及び判断力の状態に照らすと,Bが先行遺言に相当するような遺言を再度作成することができたかは疑問であるし,また,Bがかかる遺言を作成し得ると考えていたこと自体,当時の自身の認知力及び判断力を正確に認識していなかったことの証左であるように思われる。

(ウ) そうすると,本件遺言の内容が,それ自体は複雑,難解といったものでないとしても,それがもたらす帰結等を考慮すると,その作成当時,Bが同遺言の内容を理解し,これによりもたらされる結果を弁識し得る能力があったとまでは認められないというべきである。

イ また,被告らは,Bに遺言能力が認められることの根拠として,A公証人がBに遺言能力が認められると判断したことを挙げるが,本件においては,A公証人が,本件遺言の作成当時,Bがアルツハイマー型認知症と診断されていたことを認識していたか否か,Bが平成24年ないし平成25年頃,前記1(1)のような状態にあったことを認識していたか否か,Bの遺言能力の有無を判断するに当たりいかなる確認方法を用いたのか,Bが複数の不動産を所有しローン等の債務を負っていることを認識していたのか否かといった点が,いずれも不明である。
 そのため,A公証人がBに遺言能力が認められると判断したことをもって,Bに遺言能力が認められるということはできない。


ウ したがって,本件遺言をした当時におけるBの遺言能力について,被告らの主張を採用することはできないというべきである。

(5) 以上によれば,Bは,本件遺言をした当時,認知力及び判断力が著しく低下していたものと認められるのであり,本件遺言の内容を理解し,遺言の結果を弁識し得る能力があったとは認められないから,本件遺言は無効であるといえる。

3 結論
 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第12部 (裁判官 大島広規)
以上:6,275文字

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