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公正証書遺言について錯誤を理由に無効とした高裁判決紹介

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令和 5年 4月 5日(水):初稿
○「公正証書遺言について錯誤を理由に無効とした地裁判決紹介2」の続きで、その控訴審平成25年12月9日東京高裁判決(ウエストロージャパン)全文を紹介します。

○一審平成25年7月30日さいたま地裁で、遺言者亡Dの実子ではないと認定されて敗訴した控訴人は、別件認知訴訟で実施された鑑定結果は、親子関係を全く否認しているわけではなく、亡Dの真意は,親しく交際して自分を支えてきたBと控訴人に相応の財産を残すというものであり、母Bと控訴人の今後の生活のための原資を確保するという意思を表示しているもので錯誤はないと主張しました。

○これに対し控訴審判決は、亡Dの本件遺言における真意は,控訴人が実の子であるということを前提として,自己の全財産を実子である控訴人にすべて帰属させるというものであったことは明らかであり,本件遺言における意思表示をするについて,控訴人との間で血縁的な親子関係が存在することこそ最も中核的で重要な要素であったと認めるのが相当であるとして、控訴を棄却しました。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
 
事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要
1 亡D(昭和29年○月○日生。平成23年1月4日死亡。以下「亡D」という。)は,平成22年4月2日,同人が所有する財産全部を控訴人に遺贈する旨の公正証書遺言をした(さいたま地方法務局所属公証人C作成の平成22年第95号遺言公正証書。以下「本件遺言」という。)。

そして,控訴人は,亡Dの死後に,同人の子であると主張して,さいたま家庭裁判所に認知を求める訴訟(同庁平成23年(家ホ)第82号認知請求事件。以下「別件認知訴訟」という。)を提起したところ,実施された日本ジェノミクス株式会社によるDNA鑑定(以下「本件鑑定」という。)の結果,亡Dの母である被控訴人及び兄であるAと控訴人との間に血縁関係が存在する確率は7.2%とされ,結局,この訴訟においては,控訴人の認知請求を棄却する旨の判決が言い渡され,控訴の申立てもなく,第1審判決が確定した。

2 本件は,亡Dの法定相続人である被控訴人(亡Dの母)が,本件遺言における亡Dの意思表示は,控訴人が実子であることを要素ないし動機とするものであったところ,控訴人が亡Dの実子ではないことが判明した以上,本件遺言も錯誤により無効であると主張して,控訴人に対して,本件遺言の無効確認を求めた事案である。

3 原審は,亡Dと受遺者である控訴人との間に血縁的な親子(父子)関係があるとは認められず,また,控訴人が亡Dの実子であることは本件遺言の要素であるから,本件遺言には要素の錯誤があり,本件遺言は無効であると判断して,被控訴人の本訴請求を認容したので,控訴人がこれを不服として控訴した。

4 「争いのない事実等」及び「争点及びこれについての当事者の主張」については,次項において,当審における控訴人の補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の1及び2に摘示するとおりであるから,これを引用する。

5 当審における控訴人の補充主張
(1) B(昭和45年○月○日生。以下「B」という。)は,交際していた亡Dから子が欲しいと切望され,その後の交際中に妊娠して,控訴人を出産したのであり,このような経緯で出生した控訴人が亡Dの子であることは明らかである。別件認知訴訟において実施された本件鑑定は,亡Dの母(被控訴人)及び兄(被控訴人の成年後見人)のDNAと照合したものにすぎないから,もともとその誤差が大きいのみならず,控訴人と亡Dの母及び兄との血縁関係が存在する確率を7.2%としているに止まるのであり,血縁関係の存在を全く否定しているわけではないから,この結果を基に控訴人を亡Dの子ではないと断定するのは不当である。

また,控訴人が,別件認知訴訟において控訴しなかったのは,当時の訴訟代理人から「控訴しなくても大丈夫である」との説明を受けて,それを信じたからにすぎず,判決の内容に納得していたわけではないから,この経緯も,控訴人が亡Dの子ではないことの裏付けにはならない。

以上のとおり,控訴人は亡Dの子であるから,本件遺言には何らの錯誤がないというべきである。

(2) 亡Dの遺産のうち主なものは,同人が代表者であった株式会社a(以下「a社」という。)の株式である。また,亡Dは,平成20年10月,B(控訴人の母)をa社の取締役に選任した。そして,平成22年3月,肝臓ガンに罹患していることを知った亡Dは,別居中の中国人の妻との離婚手続を進めるとともに,Bに実印を預ける等して,同人にa社の経営を事実上委ねようとした。

 以上から,本件遺言における亡Dの真意は,中国人の妻に財産を残す結果となることを回避するとともに,親しく交際して自分を支えてきたB母子に相応の財産を残すというものであった。すなわち,本件遺言は,将来的には控訴人を自分の後継者とすることを想定しつつ,当面はBに控訴人の法定代理人としてa社の経営を委ねて,母子の今後の生活のための原資を確保するという意思を表示しているものである。

したがって,亡Dの中では,控訴人との間に血縁的な親子関係があること自体の持つ意味が相対的に後退して,別居中の妻に財産を残す結果となることを回避して,Bと控訴人の母子の生活の原資を確保することが主な要素になっていたのであり,仮に控訴人と亡Dとの間に親子関係がなかったとしても,本件遺言に要素の錯誤があるとはいえない。

(3) 仮に亡Dに何らかの錯誤があったとしても,同人は,後に混乱が生じないように,控訴人を認知するか,あるいは,自ら控訴人との親子関係を確認するためのDNA鑑定をする等の受遺者の属性に関する調査を行うべきであったところ,それをしていないのであるから,亡Dの錯誤については重大な過失があり,本件遺言を無効とするものではない。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,亡Dと控訴人との間に親子関係が存在するとは認められず,また,亡Dの本件遺言には要素の錯誤があるから,本件遺言は無効というべきであり,被控訴人の本訴請求には理由があるものと判断する。

2 認定事実
 前記第2の4で引用した原判決(2頁2行目以下)の「争いのない事実等」に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 亡Dは,昭和54年6月にFと婚姻したものの,子ができないまま昭和63年3月に離婚し,次いで,平成3年9月にGと婚姻したが,やはり子が生まれず平成18年2月に離婚し,さらに,同年9月に中国籍のHと婚姻したものの,子ができないままであったところ,その後,亡DがBとの交際を始めた平成20年7月ころには,Hとも別居状態となっていた。(甲1,2,5,6,11,12)

(2) 亡Dは,平成20年10月ころから,Bに対して,子が欲しいと熱望するようになり,体外受精の提案もしたほどであった。そして,亡Dは,同月中に,Bをa社の取締役に選任した。その後,平成21年2月にBの妊娠が判明し,同年○月○日,控訴人が誕生した。(甲5,乙4)

(3) 平成22年3月23日,肝臓ガンに罹患していることが判明した亡Dは,B及び控訴人とともに,同年4月以降,控訴人肩書地で同居を始めた。その後,亡Dは,日本赤十字病院に入院し,同年5月19日には肝臓ガンの摘出手術を受け,一旦は退院したものの,肝不全を発症して,入退院を繰り返していたが,平成23年1月4日,死亡した。そして,Bは,同月24日,a社の代表取締役に就任した。(甲1,5,乙3,4)

(4) 亡Dは,平成22年3月末ころ,a社の顧問弁護士であるE(以下「E弁護士」という。)に対して,「子どもができた」,「離婚しようとしている中国人の妻の籍がなかなか抜けない」,「自分は病気になってしまったが,子どもに全部の財産を残したい」などと告げて,控訴人に対する財産の包括的な遺贈を内容とする遺言書の作成を依頼した。

そこで,E弁護士は,亡Dの希望に沿った遺言書の原案を作成したところ,その際,Bや他の者にも財産を遺贈するという話は全く出ていなかった。そして,亡Dは,同年4月2日,熊谷公証役場において,E弁護士などを立会人として,「遺言者は,遺言者の有する不動産,預貯金債権等を含む財産全部を包括してYに遺贈する。」,「遺言者は,遺言執行者を次のとおり指定する。弁護士遺言執行者E」との文言(Y及び遺言執行者について,いずれも住所及び生年月日の記載を省略)による本件遺言をした。E弁護士は,亡Dの死後,遺産執行の業務を行い,遺言執行手続報告書を作成し,これを被控訴人及び妻に送付して,平成23年8月11日,遺言執行の手続を終了した。(甲4,9,乙9,原審証人E)

(5) 亡Dの死後,控訴人は,検察官を被告として,さいたま家庭裁判所に,亡Dの子であるとの認知を求める別件認知訴訟を提起したところ,これに被控訴人が補助参加した。そして,別件認知訴訟において実施された本件鑑定において,亡Dの母である被控訴人及び兄であるAと控訴人との間に血縁関係が存在する確率は7.2%とする結果が出された。

これを受けて,さいたま家庭裁判所は,平成24年1月18日,亡Dと控訴人との間に親子関係の存在を認めることはできないとして,控訴人の認知請求を棄却する判決を言い渡した。なお,控訴人は,審理の途中,訴えの取下げを申し出たものの,被告である検察官及び補助参加人である被控訴人ともこれに同意しなかったので判決が言い渡されるに至ったのであり,この判決についても控訴を申し立てず,確定した。

また,控訴人が本件鑑定を実施した機関に照会したところ,実際に血縁関係にある者同士であっても,血縁関係が存在する確率を10%以下とする鑑定結果が出る可能性はあるものの,逆に血縁関係が全くない者同士でも,類似したDNAを有するときには血縁関係のある可能性が必ずしも0%とはならない場合もあるとの回答を得た。(甲6ないし8,乙1の1ないし3)

3 亡Dと控訴人の親子関係について
 前記2(5)のとおり,別件認知訴訟で行われた本件鑑定の結果によれば,亡Dの母である被控訴人及び兄であるAと控訴人との間に血縁関係が存在する確率は7.2%とされている。もとより,本件鑑定は,亡DのDNAを直接照合したものではないから,一般論としてはいわゆる誤差が小さくないものと考えられるし,実際に血縁関係がある者同士であっても,血縁関係の存在する確率を10%以下とする鑑定結果が出る可能性も否定できないとされている以上,この鑑定結果を絶対視することができないことは明らかというべきである。

しかしながら,上記の血縁関係がない確率を92.8%と極めて高いものとしている本件鑑定の結果自体を無視することもできないというべきであり,また,亡Dは,以前に3人の女性と長期間にわたり婚姻生活を送りながら子ができなかったにもかかわらず,Bとは交際開始後わずか1年程度で控訴人が出生していること,別件認知訴訟では認知請求を棄却する判決が第1審で確定していることに照らすと,亡Dと控訴人との間の親子関係の存在は認められないと判断するのが相当である。

そして,前記2(2)のとおり,亡Dが実子の誕生を切望しており,Bが亡Dと交際していた時期に控訴人を妊娠して出産したという経緯があったというだけでは,上記の認定判断を覆すに足りるものとはいえない。また,控訴人は,別件認知訴訟において控訴をしなかったのは,当時の訴訟代理人から「控訴しなくても大丈夫である」との説明を受けたためであると主張するのであるが,その主張内容の不合理さに照らしても,これを採用する余地はないというべきである。

 したがって,亡Dと控訴人との間には血縁的な親子関係の存在を認めることはできないと判断するのが相当である。

4 錯誤について
 前記2(1),(2)及び(4)によれば,亡Dは,それまで3人の女性と相当期間にわたる婚姻生活を送ったにもかかわらず,いずれも子ができずにいたところ,Bと交際するようになってからも,人工授精を提案するほどに実子の誕生を切望していたこと,控訴人が出生した後に,肝臓ガンに罹患していることが判明した亡Dは,直ぐにE弁護士に対して,実子と信じていた控訴人に全財産を包括的に帰属させる内容の遺言書の作成を依頼したこと,その際,Bや他の者に対しても一定の財産を残すという配慮はしていなかったことが認められる。

これらの事実に照らすと,亡Dの本件遺言における真意は,控訴人が実の子であるということを前提として,自己の全財産を実子である控訴人にすべて帰属させるというものであったことは明らかであり,本件遺言における意思表示をするについて,控訴人との間で血縁的な親子関係が存在することこそ最も中核的で重要な要素であったと認めるのが相当である。

そして,上記3で検討したとおり,亡Dと控訴人との親子関係の存在は否定されるものである以上,亡Dの本件遺言における意思表示には,その最も中核的で重要な要素に錯誤があったというべきであるから,これを無効と判断するのが相当である。

 控訴人は,亡Dが本件遺言をするについて,離婚手続を進めようとした中国人の妻(H)には財産を残さず,主要な財産であったa社の経営権を当面はBに委ね,将来的には控訴人に承継させて,Bと控訴人の生活を支えることが重要な要素であったから,亡Dと控訴人との間の親子関係の存在は本件遺言の意思表示の要素ではないと主張する。

しかしながら,上記のとおり実子の誕生を切望していた亡Dが,自らの子と信じていた控訴人の出生を受けて,控訴人だけを受遺者とする遺言の作成をE弁護士に依頼したという経緯に照らすと,控訴人の上記主張は容易に採用できず,前述した認定判断を左右するに足りるものではないというべきである。

 また,控訴人は,本件遺言について要素の錯誤があるとしても,亡Dには,控訴人との親子関係を調査する等の注意義務を果たしていないから重大な過失があると主張する。

しかしながら,前記2(2)の経緯で出生した控訴人について,親子関係を調査確認すべき注意義務が亡Dにあったとすること自体にも疑問がある上,控訴人の出生から約半年後に肝臓ガンが判明したことを受けて,直ちにE弁護士に依頼して本件遺言の作成に着手し,その後,闘病生活を送って,本件遺言から約9か月後に死亡した亡Dについて,控訴人が主張するような重過失があったとは到底解することができないというべきであり,控訴人のこの主張も採用することはできない。

 したがって,本件遺言には要素の錯誤があるから,これを無効と判断するのが相当である。

5 結論
 以上によれば,本件遺言は錯誤により無効であるから,本件遺言の無効確認を求める被控訴人の本訴請求には理由があり,これを認容すべきところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 東京高等裁判所第16民事部 (裁判長裁判官 奥田隆文 裁判官 渡邉弘 裁判官 齊藤顕)
以上:6,274文字

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