令和 7年 6月 5日(木):初稿 |
○判例時報令和7年6月1日号に配偶者居住権を認めた家裁審判例が掲載されていました。配偶者居住権は令和○年家族法改正で認められた権利で、その判例を初めて見ました。令和5年6月14日福岡家裁審判(判時2620号54頁、判タ1519号252頁)で、関連部分を紹介します。 ○申立人が、被相続人が死亡し、本件遺産分割の当事者は、申立人(被相続人の養子)及び相手方B(被相続人の妻)及び同C(被相続人と相手方Bとの間の子)の3名であるとして、遺産分割を申し立てしました。 ○福岡家裁審判は、相手方Bは、被相続人の配偶者であり、相続開始の時に本件不動産に居住していたところ、本件遺産のうち、本件各建物について配偶者居住権の取得を希望し、配偶者居住権が設定された本件各建物の取得を了解しており、相手方Bの受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者である相手方Bの生活を維持するために特に必要があると認められることから、遺産分割の方法としては、相手方Bに本件各建物につき存続期間を同人の終身の間とする配偶者居住権を取得させ、相手方Cに本件不動産の所有権を取得させるのが相当としました。 ○さらに、相手方Bが預金を引き出し、その残金である本件現金を保管していることなどを勘案すると、本件預金及び本件現金について相手方Bに取得させ、申立人に対し約264万円、相手方Cに対し約94万円の代償金を支払うことが相当であるとしました。 ********************************************* 主 文 1 被相続人の遺産を次のとおり分割する。 (1)相手方Cは,別紙1遺産目録記載1の土地,同記載2及び3の建物を取得する。 (2)相手方Bは,別紙1遺産目録記載2及び3の建物につき,存続期間を相手方Bの終身の間とする配偶者居住権を取得する。 (3)相手方Bは,別紙1遺産目録記載4及び5の預金並びに同記載6の現金をいずれも取得する。 2 (1)相手方Bは,申立人に対し,前項(2)及び(3)の遺産を取得した代償として,263万6737円を支払え。 (2)相手方Bは,相手方Cに対し,前項(2)及び(3)の遺産を取得した代償として,94万0738円を支払え。 3 相手方Cは,相手方Bに対し,別紙1遺産目録記載2及び3の建物につき,第1項(2)記載の配偶者居住権を設定する旨の登記手続をせよ。 4 手続費用は,各自の負担とする。 理 由 本件記録に基づく当裁判所の事実認定及び法律判断は,以下のとおりである。 第1 相続の開始,相続人及び法定相続分 1 被相続人は,令和2年*月*日に死亡し,相続が開始した。 2 その相続人は,妻である相手方B,被相続人と相手方Bとの間の子である相手方C,相手方Bの子で,被相続人の養女・養子である申立人及び排除前相手方であったところ,排除前相手方が自己の相続分を申立人に譲渡して本件手続から排除されたことにより,本件遺産分割の当事者は,申立人及び相手方らの3名である。 3 以上により,相続分は,相手方Bが2分の1,申立人が6分の2,相手方Cが6分の1である。 第2 遺産の範囲,評価等 1 本件記録によれば,別紙1遺産目録(以下「遺産目録」という。)記載1の土地(以下「本件土地」という。),同2の建物(以下「本件建物2」という。)及び同3の建物(以下,本件建物2と併せて「本件各建物」といい,本件土地と本件各建物を併せて「本件不動産」という。)並びに同4及び5の預金(以下,併せて「本件預金」という。)は,被相続人の遺産であることは,当事者間の合意があり,本件記録によっても認められる。 また,遺産目録記載6の現金(以下「本件現金」という。)は,相手方Bが,遺産目録記載4の預金を引き出し,葬儀費用や相続財産の管理費用等として費消したものの残額であり,相手方Bが保管している。当事者全員の合意があるので,本件遺産分割手続においてこれを被相続人の遺産に含めて分割することとする。 2 本件不動産の評価額(相続開始時,分割時),本件預金の評価額(残高)及び本件現金の評価額(金額)が遺産目録の「金額(円)」欄に各記載のとおりであることは,当事者間の合意があり,本件記録によっても認められる。 また,当事者全員は,本件における配偶者居住権の評価について,次のとおりの簡易な評価方法により,188万6241円とすることを合意した。同合意を不当と認める特段の事情はない。 (1)本件土地及び本件建物2の合計現在価額 356万4660円 (2)負担付本件各建物所有権の価額 法定耐用年数超過により0円 (3)負担付本件土地所有権の価額 【本件土地の現在価額】225万5940円×【83歳女性の簡易生命表上の平均余命10年を存続期間とするライプニッツ係数】0.744=約167万8419円(1円未満切捨て) (4)配偶者居住権の価額 【上記(1)】356万4660円-(【上記(2)】0円+【上記(3)】167万8419円)=188万6241円 3 相手方Bは,本件不動産において,被相続人の生前,被相続人と同居していたものであり,現在も本件不動産に単身で居住している。 第3 排除前相手方の特別受益等 1 相手方Bの主張 被相続人は,本件不動産からの住み替えを計画し,別紙2物件目録(以下「物件目録」という。)記載1の土地(以下「Fの土地」という。)を購入して同所に自宅(以下「Fの建物」といい,Fの土地と併せて「Fの不動産」という。)を建築することとした。被相続人は,この際,住宅メーカーの担当者の勧めで税制の優遇措置等を考慮して排除前相手方名義で住宅ローンを組むことにし,当時,排除前相手方が負っていた物件目録記載2のマンション(以下「Gのマンション」という。)の残ローンの返済資金やFの不動産の購入・建築資金として合計4000万円を交付するなどした。しかし,排除前相手方は,交付された金員のうち約900万円を被相続人に無断で所有する物件目録記載3のマンション(以下「Hのマンション」という。)のローン返済に充て,Fの建物の建築費が増大したことを受けて被相続人に追加で金銭の交付を求め,Fの不動産の所有権を主張するなどした。このため,被相続人と排除前相手方との信頼関係が失われ,被相続人は,排除前相手方やその妻からの申入れを受け,Fの不動産を2600万円で排除前相手方に譲渡し,その後,残りの1400万円について一切返還を求めなかった。被相続人の死後,これを知った申立人は,排除前相手方からの金員の回収を企図して弁護士に相談をしたが,相手方Bは排除前相手方から金員を回収する意向はなかった。 上記経緯に照らせば,被相続人が交付した金員のうち,排除前相手方のマンションのローン返済に充てられた合計3720万円について生前贈与と評価することができる。仮に,これが認められなかったとしても,被相続人が排除前相手方に4000万円を交付し,その後,排除前相手方から被相続人に2600万円が支払われた経緯に加え,被相続人が排除前相手方に対し,差額の1400万円の返還を求めなかったことからすれば,差額である1400万円相当は排除前相手方に対する贈与であったと評価すべきであるし、贈与でなかったとしても共同相続人間の公平の観点から特別受益があったとすべきである。仮に,1400万円の特別受益が認められなかったとしても,被相続人は,排除前相手方との間で養子縁組の解消又は遺留分放棄を求めることを検討し,少なくとも排除前相手方が被相続人に無断でHのマンションのローン返済に充てた900万円について排除前相手方への遺産の先渡しとして扱いたい意向を有していたことからすれば,同額について特別受益が認められるべきである。 2 申立人の主張 被相続人が排除前相手方に1400万円を贈与した事実は否認する。 相手方Bの主張する事実関係を前提にしても,被相続人は,排除前相手方に対し,1400万円の債権を有しているというにすぎず,相手方Bも,相続開始後,被相続人が排除前相手方に対する金銭債権を有することを前提にその回収について申立人に相談していたのであり,被相続人が排除前相手方に対する債務の免除や放棄をしていない以上,被相続人の排除前相手方に対する債権は,当然に法定相続分に応じて各相続人が相続するにすぎない。したがって,排除前相手方に対する特別受益には当たらない。 3 認定事実 (中略) 4 検討 前記3のとおり,被相続人は,排除前相手方に対して,被相続人夫婦が居住するためのFの不動産を取得・建築するための費用として4000万円を預けたものの,その後,排除前相手方との関係が悪化したため,対応について検討の上,2600万円の支払を受けるのと引換えにFの不動産を実質的にも排除前相手方に取得させているところ,平成24年2月の本件合意書作成時,残り1400万円の返還について言及しなかったばかりか,その後も一切返還を求めていない。 上記経緯に照らせば,被相続人は,この頃には排除前相手方の1400万円の返還債務を免除する旨の黙示の意思表示をしたものと推認され,これは相続分の前渡しとしての生計の資本の贈与と同視することができ,排除前相手方には,上記返還債務相当額の特別受益があると認めるのが相当である。なお,被相続人の死後,申立人等が上記1400万円の回収について検討したことがあったとしても,被相続人が,上記債務の免除をしていないことを裏付ける事情とはいえず,上記認定を左右しない。 相手方Bは,前記1のとおり,排除前相手方がGのマンション及びHのマンションの返済に充てた合計3720万円について生前贈与と評価されるとも主張するが,前記のとおり,被相続人は,Fの不動産の取得のために排除前相手方に金員を交付したにすぎないことからすれば,排除前相手方がこれを所有する各マンションのローンの返済に充てたとしても,生計の資本としての贈与と評価することはできず採用できない。 以上から,排除前相手方は,特別受益として1400万円の限度で持ち戻すことになり,申立人は,これを前提とする相続分の譲渡を受けたこととなる。 第4 相続分及び取得分の算定 1 具体的相続分 遺産目録記載の各遺産の相続開始時の評価額合計は2047万1688円であり,排除前相手方に1400万円の特別受益が認められることから,みなし相続財産の評価額は3447万1688円となる。 以上から,当事者等の具体的相続分は,以下のとおりとなる。 (1)相手方B 1228万3012円 (計算式) ア 具体的相続分 【みなし相続財産】3447万1688円×【法定相続分】2分の1=1723万5844円 イ 超過特別受益等(後記(3))負担後の相続分 1723万5844円-{825万4719円×1723万5844円÷(1723万5844円+574万5281円+574万5281円)}=約1228万3012円(1円未満切捨て) (2)申立人及び相手方C 各409万4338円 (計算式) ア 具体的相続分 【みなし相続財産】3447万1688円×【法定相続分】6分の1=約574万5281円(1円未満切捨て) イ 超過特別受益等(後記(3))負担後の相続分 574万5281円-{825万4719円×574万5281円÷(1723万5844円+574万5281円+574万5281円)}=約409万4338円(1円未満切り上げ) (3)排除前相手方 0円 (計算式) 具体的相続分 【みなし相続財産】3447万1688円×【法定相続分】6分の1-1400万円=約-825万4719円(1円未満切り上げ) 2 具体的取得分 そして,遺産目録記載の各遺産の分割時の評価額合計が1318万3682円であることから,当事者の具体的取得分は,以下のとおりとなる。 (1)相手方B 791万0208円 (計算式) 【分割時の遺産総額】1318万3682円×(【具体的相続分】1228万3012円÷【相続開始時の遺産総額】2047万1688円)=約791万0208円(1円未満切捨て) (2)申立人及び相手方C 各263万6737円 (計算式) 【分割時の遺産総額】1318万3682円×(【具体的相続分】409万4338円÷【相続開始時の遺産総額】2047万1688円)=約263万6737円(1円未満切り上げ) 第5 分割の方法 1 当事者の取得希望等 相手方Bは,本件各建物につき存続期間を相手方Bの終身の間とする配偶者居住権を取得し,今後とも本件不動産に居住することを希望している。相手方Cは,配偶者居住権が設定された本件各建物を取得することを了解している。申立人は,本件不動産の取得を希望しておらず,相続分を金銭で取得することを希望している。 2 分割 前記のとおり,相手方Bは,被相続人の配偶者であり,相続開始の時に本件不動産に居住していたところ,本件各建物について配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出ており,相手方Bは,配偶者居住権が設定された本件各建物の取得を了解している。そうすると,相手方Bの受ける不利益の程度を考慮してもなお,配偶者である相手方Bの生活を維持するために特に必要があると認められる。したがって,相手方Bに本件各建物につき存続期間を同人の終身の間とする配偶者居住権を取得させ,相手方Cに本件不動産の所有権を取得させるのが相当である。また,相手方Bが本件預金を引き出し,その残金である本件現金を保管していることなどを勘案すると,本件預金及び本件現金について,相手方Bに取得させるのが相当である。 上記を前提にすると,相手方Bの取得分は1148万7683円(=【配偶者居住権】188万6241円+【本件預金】合計1442円+【本件現金】960万円)となり,その具体的取得分を357万7475円(=【取得分】1148万7683円-【具体的取得分】791万0208円)超過することになり,申立人に対し263万6737円,相手方Cに対し94万0738円{=【具体的取得分】263万6737円-【配偶者居住権控除後の本件不動産】(358万2240円-188万6241円)}の代償金を支払うことになるが,相手方Bは,本件現金を取得するので,代償金を支払う能力があると認められる。 第6 結論 以上のとおりであり,手続費用は各自の負担とするものとして,主文のとおり審判する。 (裁判官 冨田美奈) 別紙 1 遺産目録〈省略〉 2 物件目録〈省略〉 以上:5,945文字
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