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社員飛降り自殺テナントに1000万円賠償命令東京地裁判決理由紹介

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平成29年 6月 7日(水):初稿
○オフィスビルのテナント企業の社員が飛び降り自殺したため物件価値が下がったとして、ビル所有会社がテナント企業に約5000万円の損害賠償を求めた訴訟で「テナント側は、借りた室内や共用部分で従業員を自殺させないよう配慮する注意義務を負う」として1000万円の支払いを命じた平成28ねん8月8日東京地裁判決(ウエストロージャパン)判断理由全文を紹介します。

○テナント企業の男性社員が2014年、ビルの外付け非常階段から敷地外に転落して死亡したため、ビルを売り出していた所有会社は、事故後は「精神的瑕疵(かし)有り」と明記したうえ販売額を約1割(約4500万円)引き下げて売却し、テナント企業に対し、その値下げ分の賠償を求めました。テナント企業は、共用部分で自殺すると予測できず賃貸契約上の注意義務に含まれない、居住用に比べて物件価値への影響は限定的だなどと反論しました。しかし、判決は「日常的に人が出入りする建物で、心理的嫌悪感を抱かせる」として自殺による価値低下を認め、借主にはそれを防ぐ義務があると指摘し、自殺で1000万円分の損害が生じたとしました。

○しかし、控訴審の平成29年1月25日東京高裁判決では、「(男性社員には)自殺の動機が見当たらず,その他,自殺の可能性をうかがわせるような事情も存在しないというほかない。」として、自殺でない以上請求の前提を欠くとして請求は全て棄却されました。自殺であろうとなかろうと自殺の噂で4500万円値下げして売却した事実は変わらず、ビル所有会社は、納得出来ず上告していると思われ、その結果が気になるところです。

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3 争点についての判断
1 証拠(甲1から甲4,甲9から甲14まで,乙1から4まで,乙10から乙14まで,証人D,同E,同C,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件建物の概要及び売却の経緯について

ア 本件建物は,東京都中野区○○二丁目の近隣商業地域に所在し,東京メトロ丸の内線a駅から徒歩6分,都営大江戸線b駅から徒歩6分に位置する鉄骨造地上9階建ての事務所ビルであり,総床面積は897.60平方メートルである。

イ 原告は,平成25年8月,c株式会社(以下「c社」という。)を媒介業者(宅地建物取引業者)として,本件建物を,販売価格税込4億2000万円として売り出した。
 その当時,3階部分を除いて貸室は埋まっている状況にあり,月額賃料・共益費の合計額は265万8752円,年額にして3190万5024円であった。c社は,築年数が本件建物の同程度の中古収益物件のREITの利回りが7%から8%前後であったことに加えて,物件情報サイトの類似物件の価格や,再販売業者が本件建物の買取価格を3億8000万円程度と述べたことなどを参考にしつつ,また,本件建物が前面道路の拡幅により底地が一部収容されたため,法令で定められた建ぺい率・容積率を超過する既存不適格の状況にあることも併せ考慮し,利回り8%に0.5%を加算した8.5%の利回りとみて算出した4億1998万2211円を基準に,これとほぼ同額の上記販売価格を設定した。

ウ 平成25年8月と10月に,上記販売価格4億2000万円での購入を応諾し,年収等の条件も見合う購入希望者が2名現れたものの,両名とも,銀行による融資審査の結果希望額の借入ができなかったため,購入を断念した。

エ 原告は,同年末ころ,本件建物の屋上防水工事,北側壁面防水塗装等の修繕を行った上で再度販売することとし,一時販売を停止していたところ,平成26年1月15日に本件事故が起きた。
 そこで,c社は,修繕を終えた平成26年3月以降,物件概要書に「精神的瑕疵有」と掲げ,4億2000万円を約1割減価した3億8000万円で販売を再開した。この金額は利回りを9.6%とみた場合の3億7900万4412円とほぼ等価である。

オ その後,3億8000万円での購入を希望する者は現れなかったが,自殺物件であることから購入を迷うものの,減額の余地があるのであれば購入を検討するという希望者が現れ,交渉の末,同年6月13日,最も高額の3億7500万円で応諾した訴外会社に売却した。
 売却当時も,3階部分を除いて,各階に会社,税理士法人及びクリニックといった事務所使用目的の賃借人が入居している状況にあり,当初販売時以降に契約更新した貸室もあったが,各室の賃料額は,本件事故前と比較して,むしろ全体的に値上げして設定されている状況にあった。

(2) 本件事故について
ア Cは,亡くなった年に60歳を迎える年齢であったが,定期的な通院を要するような疾患を抱えてはいなかったし,住宅ローンを除けば,大きな負債もなかった。

イ Cは,平成21年7月から,妻との住まいがある北海道を離れて単身被告東京支店に赴任し,アパートで独り暮らしをしていた。
 Cは,平成25年から平成26年の年末年始にかけて妻の下に帰省し,普段の帰省時と変わらぬ様子で過ごした後,同月6日の仕事始めまでに東京に戻った。同年1月10日には,当時常務取締役として東京支店に出入りしていた長年付き合いのある同僚と初詣に赴き,その晩酒食をともにしたが,特に変わった様子はみられず,また,本件事故前日の出勤時にも変わった様子はみられなかった。
 また,Cが当時単身居住していたアパートの居室も,事故当日の午後の時点で特段の不審状況は認められず,むしろ普段どおりの生活感が感じられる状態であった。

ウ Cは,本件事故当日,被告東京支店の事務所において,午前8時ころからテレビ会議に出席し,午前8時30分ころにこれを終えた後,携帯電話を耳にあてたまま本件貸室から出て非常階段に向かったのを目撃されたのを最後に,午前8時50分から午前9時ころ,本件建物の南側隣地建物の地階階段付近に倒れているところを発見され,死亡が確認された。

エ 本件建物の南東側には,2階から屋上までの各階に,外付け非常階段設備が設置されている。非常階段には,各階貸室前のエレベータホールを通って,非常階段につながるドアを開扉すれば立ち入ることができる構造になっている。
 上記非常階段設備の9階から屋上に昇る部分のうち,南側隣地側側面の,階段部分から踊り場にかけての近辺において,手すり部分から真下を見下ろした場所が,ちょうどCが発見された南側隣地地階階段付近に当たる。
 当該部分には落下防止のための手すりが設けられているが,その高さは,踊り場部分で床面から約110センチメートル,階段部分のやや低いところでも床面から約103センチメートルある。
 警視庁中野警察署の係官らは,実況見分の結果,上記非常階段設備のうち,9階から屋上に昇る部分の手すりからCの指紋が検出されたことなどから,Cが同部分から手すりを乗り越えて落下したとの見解を示した。

オ 警視庁中野警察署は,その後の捜査も踏まえ,第三者の介在による事件性は認められないが,遺書の発見や自殺と断定する言動等,動機を特定する明確な根拠は得ていないため,自殺と断定はしていない旨回答している。

2 争点(1)(本件事故が自殺か否か)
 本件事故に第三者が介在した事件性は,警察による所要の捜査により否定されているところであり,本件事故は,Cが自らの意思で手すりを乗り越えたか,誤って手すりを乗り越えたことにより転落したものと考えるほかない。
 被告が主張するように,Cは,本件事故直前まで,表面上は家族や同僚とともに普段と変わりない生活を営んでおり,自殺の動機となるような明らかな事情が存在するわけではない。
 しかしながら,Cが,本件建物の9階から屋上に昇る非常階段設備のうち,南側隣地側側面の,踊り場から階段部分にかけての手すりを乗り越えて転落したことは,警察による所要の捜査により判明している概ね間違いのない事実であるといえる。

 会話を周囲に聞かれることを避けて携帯電話で通話をするために,7階にある本件貸室から非常階段部分に立ち入ることはあり得ても,そのために,わざわざどの貸室の使用者からもその姿を見られないような9階から屋上にかけての部分まで昇らなければならない理由は見出しがたいし,何より,転落部分の手すりの高さは,やや低くなっている階段部分でも,床面から約103センチメートルの高さがあり,170センチメートルを少し超える程度の身長(C証言)のCであれば,概ね腰よりも高い位置に手すりがあることになるから,たとえ手すりに近い位置を歩行していて,誤って階段部分でバランスを崩して転倒したとしても,踏み台になるような物もないのに,意図せずして,両足が手すりを乗り越えるような事態が生じることは,およそ考えがたいところである。

 そうすると,本件事故は,Cが自らの意思で非常階段の手すりを乗り越えたことにより転落したもの,すなわち同人が自殺を図ったものであると推認でき,この推認を覆すに足りる証拠はない。

3 争点(2)(善管注意義務の内容に自殺をしない義務が含まれるか等)
(1) 建物において人が死亡したという事実は,それだけで直ちに嫌悪すべき事情とはいえないが,それが自他殺等の人為的な行為によってもたらされたものであった場合,当該建物を使用し又は購入しようとする者が心理的嫌悪感を抱くのが通常であり,そのため,当該建物を一定期間,賃貸又は売却することができなくなったり,相当賃料,相当価格で賃貸又は売却することができなくなったりする可能性があることは,経験則に照らして明らかである。

 本件建物はいわゆるオフィスビルであり,居住用物件のように寝泊りするものではないが,日常的に人が出入りし,一定時間滞在して使用する建物であることに変わりはない。また,本件事故が起きた非常階段は貸室には含まれないものの,本件建物の一部ではあり,共用部分として他の使用者が立ち入ることもあるから,程度の差こそあれ,非常階段から飛び降り自殺があったという事情は,やはり心理的嫌悪感を抱かせるものといえる。

 そうすると,本件貸室及び共用部分を善良なる管理者の注意義務をもって使用しなければならない義務を負う被告としては,本件貸室及び共用部分を,自然損耗や経年変化を超えて物理的に損傷しないようにすることはもとより,心理的に嫌悪される事情を生じさせて目的物の価値を低下させないようにする義務,具体的には,本件貸室を使用する被告の従業員をして,本件貸室及び共用部分において自殺するような事態を生じさせないよう配慮する注意義務を負うというべきであり,その対象は,本件建物の非常階段部分にも及ぶというべきである。

 そして,Cは上記のとおり本件建物の非常階段から飛び降り自殺を図り,被告の履行補助者として,故意又は過失により上記注意義務に違反して本件事故を発生させたことは明らかであるから,被告も注意義務違反の責めを免れない。

(2) これに対し,被告は,①オフィスビルの貸室外で起きた自殺行為によって本件建物の価値が低落することを予見することはできないから,善管注意義務の内容に,非常階段から飛び降り自殺しないことまでは含まれない,②従業員であるCが自殺することを被告が予見,回避できる可能性に乏しいことから,Cの故意又は過失をもって被告の故意又は過失と信義則上同視すべきではない旨主張する。

 しかしながら,①に関しては,(1)のとおり,オフィスビルであるとか,貸室部分ではないという理由で,共用部分である非常階段から飛び降り自殺するような事態を生じさせないよう配慮することを,善管注意義務の内容から除外すべきではない。

 また,②に関し,そもそも履行補助者の故意又は過失をもって債務者の故意又は過失と同視する実質的根拠は,債務者が履行補助者を用いることによってその活動範囲を拡大している以上,履行補助者の行動については責任を負わなければならないという報償責任の法理にあるところ,被告からみて何らの干渉の余地もない者であれば格別,被告はCを従業員として雇用し,同人を東京支店長に据えて事業を展開していたものであるから,まさに報償責任の法理が妥当するというべきであって,Cの故意又は過失をもって被告の故意又は過失と信義則上同視すべきである。
 したがって,被告の主張はいずれも採用することはできない。

4 争点(3)(本件事故が減価要因となるか,及び相当因果関係を有する減価額)
(1)
ア 原告は,平成25年8月ころに媒介業者を通じて本件建物を売りに出し,その物件情報は不動産市場に流通していたところ,補修工事のために一時販売を停止している間に本件事故が起きたものである。
 本件事故が,本件建物の使用者等に心理的嫌悪感を抱かせるものであることは3(1)のとおりであり,それにもかかわらず,販売停止中に起きた本件事故について何ら購入希望者に告げることなく,従前の物件情報を元に販売を再開することは,売主としての信義に反するし,宅地建物取引業者の重要事項告知義務(宅地建物取引業法47条1号二)の趣旨にももとるというべきであって,本件建物の販売再開に当たり,本件事故の内容について購入希望者に告知することはやむを得ないし,それに伴って,本件事故による心理的嫌悪感に配慮し,一定の減価を施して販売を再開することもまたやむを得ないというべきであるから,本件事故は,本件建物の減価要因になると認めるのが相当である。

イ これに対し,被告は,原告が売却を急ぐ事情があって減額を余儀なくされたのだとすれば,そうした事情はいわゆる特別事情(民法416条2項)に当たると主張する。
 しかしながら,建物の所有者がいつ当該建物を売却するかは基本的に所有者の自由であって,そのことは被告も予期すべき事柄であるし,本件においては,原告が本件事故前から本件建物及び敷地を売りに出していたのであるから,たとえ原告が売却を急ぐ事情があったとしても,そのことを特別事情と見ることは相当でない。

(2)
ア そこで,次に,本件事故と相当因果関係を有する減価額について検討するに,本件建物は,オフィスビルとしての賃貸を目的とする物件であるから,心理的嫌悪感から購入を躊躇するとすれば,自ら居住ないし使用することに対する心理的嫌悪感ではなく,賃借人の心理的嫌悪感により賃料収益に悪影響を及ぼすのではないかという懸念によるものであると考えられる。
 そうすると,本件事故による将来の賃料収益への具体的な影響の程度及びそうした影響を懸念して購入を躊躇する買主の心情を併せ考慮して,相当な減価額を検討するのが相当である。

イ この点に関し,原告は,本件事故後,当初の販売価格4億2000万円から4000万円減額した3億8000万円で販売を再開したところ,結局3億7500万円でしか売却できなかったことから,その差額4500万円をもって相当な減価額であると主張する。

 しかしながら,上記減価額は,当初販売開始時の満室時想定賃料の1年分約3569万円(甲2)を上回るものであり,言い換えれば,本件事故により,1年以上もの期間,本件建物の全貸室に全く借り手がつかないのと同程度の賃料収益への影響が生じたと評価することになるが,上記のとおり,本件事故は,人が日常立ち入ることを想定していない貸室外の非常階段部分で起きたものであり,その態様も手すりを乗り越えて転落したということ以外は明確でないのであって,オフィスとして貸室部分を使用する者が心理的嫌悪感を抱くといっても,その影響は限定的であると考えられ,本件建物の立地条件などにも照らせば,賃料を減額する必要性が生じることはあり得ても,1年以上もの期間全く借り手がつかないほどの深刻な影響があるとはいいがたい。現に,本件建物の当初売出し時の物件情報に添付されたテナント一覧(甲2)と,訴外会社に対する売却時のテナント一覧(甲4)を比較する限り,本件事故の影響で借主が退去するような事態が生じたとは認められず,むしろ全体的に賃料は増額されていることもうかがわれる。

 そうすると,3億7500万円でしか買い手がつかなかったことは事実であっても,そもそも4000万円の減額が過大であったとも考えられるのであり,たとえ当初販売価格の4億2000万円が適正額であったとしても,その額と現実の売却額3億7500万円との差額の全額を,本件事故と相当因果関係を有する減価額とみることは相当でない。

ウ 以上を踏まえてさらに検討するに,本件建物の当初販売時の9階貸室の年間賃料及び管理費の合計額は約360万円であるところ,本件事故が9階から屋上に昇る非常階段で起きたことに照らすと,他階への影響も全く考慮する必要がないとはいえないまでも,基本的には,9階貸室について,一般的な賃貸期間である2年間程度,一定額の賃料減額を施せば,それ以上に賃料収益への影響が及ぶとは考えにくく,仮に5割の減額とみても約360万円程度にとどまること,他方で,こうした賃料収益への具体的な影響とは別に,賃料収益への影響を懸念して購入を躊躇する買主の心情にも配慮した減額の必要性も否定できないと考えられるところ,本件事故を告知して販売を再開した後,3億8000万円でも購入希望者が現れず,さらに500万円の減額をしてようやく売却に至っていること,その他本件に表れた一切の事情を考慮すれば,本件事故と相当因果関係を有する損害としては,1000万円が相当である。

5 原告は弁護士費用相当額の損害賠償も求めているが,被告の債務不履行が不法行為をも構成すべきほどの違法性を有するとはいいがたく,被告の債務不履行と弁護士費用相当額の損害との間に相当因果関係は認められない。

6 よって,原告の請求は,1000万円及びこれに対する平成26年11月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は選択的請求も含めて理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判官 池田幸司)
以上:7,435文字

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