平成29年11月11日(土):初稿 |
○「建物建築請負人に建替費用相当額損害等賠償支払を命じた大阪地裁判決紹介2」に続いて、建物建築の請負人に対する瑕疵修補に代わる損害賠償につき、建替え費用相当額の損害を否定した昭和63年5月30日神戸地裁判決(判時1297号109頁、判タ691号193頁)の理由文を2回に分けて紹介します。 **************************************** 理 由 一 原告が、昭和53年11月16日、被告会社との間で、原告を注文者、被告会社を請負人として、本件建物の建築工事に関する請負契約を締結し、右請負契約に基づき、被告会社が、昭和54年5月20日頃、右建築工事を完了し、その頃、本件建物を原告に引渡した事実は当事者間に争いがない。 二 (瑕疵の判断基準) 1 請負の仕事の目的物に瑕疵があるとは、完成された仕事が契約で定めた内容通りでなく、不完全な点を有することであるから、瑕疵があるか否かを判断するに当っては、まず契約によって定められた仕事の具体的内容が何であったかを図面や見積書、当事者間の了解事項等で確定する必要があり、これに反する工事内容があったり、低級の品質の材料が使用されておれば、仕事の目的物に瑕疵があることになる。 また、明示の特約がなくても、請負の目的物が通常備えるべき品質・性能を具備することも黙示に合意されているとみるべきであり、建物の建築工事において、雨漏りや顕著な壁の亀裂、柱の傾き、床の不陸があれば、仕事の目的物に瑕疵があることになる。そのほか、建物の建築工事において、契約の内容が不明確な場合は、当事者間には少なくとも建築基準法の「第二章建築物の敷地、構造及び建築設備」(同法施行令の関係部分を含む。)に適合した建築工事をする合意ができたものと推認するのが相当であり、同法に適合しないことは建築工事に瑕疵があるというべきである。蓋し、建築基準法第二章は、建築物が安全であるための構造等に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的とし、国民に対してその遵守を義務づけているからである。 2 本件建物が住宅金融公庫の融資住宅でない事実は当事者間に争いがないが、原告は、本件請負契約において、被告会社が工事内容は公庫基準及び公庫仕様に拠る旨を約したとして、本件建物には公庫基準及び公庫仕様に適合しない瑕疵があると主張する。 右約定の存在について、(証拠省略)はその主張に沿う供述をし、(証拠省略)にも検査時期の欄に「国庫に準ず」なる記述が認められるけれども、(証拠省略)に照らすと、原告本人の右供述はにわかに措信し難く、また甲第一号証の一の右記述も未だ原告主張の約定を認めるのに十分ではなく、他に右約定を認めるに足る証拠はない。 原告は、公庫基準及び公庫仕様は我が国における木造庶民住宅の標準仕様であるから、仮に被告会社との間で、これに拠る旨の明示の約定がなかったとしても、黙示の合意はあったとみるべきであるし、これに拠るべき事実たる慣習も存在すると主張する。しかし、そのような黙示の合意も、事実たる慣習も、これを認めるに足る確たる証拠はない。 したがって、本件建物の建築工事において公庫基準及び公庫仕様に適合しない箇所があっても、それを理由に瑕疵があると極め付けることは相当ではない。 三 そこで、右の判断基準に従い、本件建物の瑕疵について判断する。 1 基礎 (一) 割栗地業 (証拠省略)によれば、本件建物の基礎の下には、割栗石がなく、土木工事の道路用砕石(クラッシャランのようなもの)が投込み敷きに敷いてあるだけの状態であること、公庫仕様では、割栗地業は割栗石を根切り底に隙間なく小端立てに張り込み、目潰し砂利を敷き、ランマー等で十分に突き固めることとしていること、割栗地業は地盤の突固めを効果的に行うことを主な目的としていること、以上の事実が認められ(る。)(証拠判断省略) ところで、地業の形態については、本件請負契約に具体的定めはなく、建築基準法施行令38条1項は「建築物の基礎は、建築物に作用する荷重や外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない」と定め、地業も広義の基礎工事の一部に含まれるけれども、右規定が地業の形態を割栗地業でなければならないと定めたものとも解されず、他にこれを定めた法規はない。そして、本件地業が、本件建物の基礎のための地業として構造耐力上の安全性に欠けることを認めるに足る証拠はないから、公庫仕様と比較し、地盤補強の上で些か劣るものがあることは否定できないけれども、これをもって未だ建築工事の瑕疵ということはできない。 (二)基礎底盤 (証拠省略)によれば、本件建物の布基礎(帯状の基礎コンクリート)は、投込み敷きに敷いてある砕石の上に、型枠なしに流し打ちした不整形のコンクリートがあり、その上に立上がり部分が作られているもので、布基礎の下部に逆丁字型の整形された底盤は存在しないこと、流し打ちしたコンクリートの厚さは7~10センチメートルあるが、幅は一定しないこと、公庫仕様では、本件建物と同じ木造二階建住宅の布基礎には、型枠施工による厚さ12センチメートル・幅32センチメートルのフーティング(基礎底盤)が必要とされ,布基礎の形状は逆丁字型でなければならないこと、型枠なしにコンクリートを流し打ちした場合、水分が地盤に吸収されて強度の落ちる恐れがあり、また、底盤が不整形の場合は不同沈下のため底盤がせん断する恐れもあること、基礎底盤は、基礎の接地面積を広げ、建物の基礎をして荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、構造耐力上安全なものにするため有効なものであること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 ところで、本件建物の基礎の形状については、本件請負契約にも、また建築基準法・同法施行令にも別段の定めはないが、建築物の基礎は、前記のとおり、「建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない」(建築基準法施行令38条一項)とされているから、本件建物の基礎の形状の当否及びその構造耐力上の安全性は、右条項に照らして検討されなければならない。そして、建築基準法20条二項に規定する建築物(同法六条一項2、3号に掲げる建築物)の構造計算は、建築基準法施行令「第八節 構造計算」の規定によらなければならない(建築基準法施行令81条一項)が、本件建物は木造二階建てであり、右建築物に含まれないこと明らかであるから、本件建物の基礎の安全性は、建築基準法施行令所定の構造計算によるまでもなく、他の証拠によりこれを判断しうるものである。もっとも右法定の構造計算により、その安全性を確かめることを妨げられるものではないが、本訴においては、そのために必要な資料が十分でなく、本件建物の基礎の安全性を構造計算によって判断することは困難である。 そこで、更に検討するに、(証拠省略)によれば、建築業界の通念として木造二階建住宅の布基礎には底盤が必要であり、その底盤は逆丁字型の整形されたものであることが望ましいこと、型枠なしにコンクリートを流し打ちした場合でも、そのコンクリートに十分な幅と厚さがあれば構造耐力上差し支えなく、底盤付き布基礎と見られなくもないが、本件建物の基礎に流し打ちされた前認定のような形状のコンクリートでは、幅・厚さ共に不足しており、到底基礎底盤とはいえないことが認められ(る。)(証拠判断省略) 被告らは、いわゆるツーバイフォー工法(枠組壁工法)による二階建ての建築物では、建設省告示で基礎底盤は不要とされている以上、本件建物の基礎底盤には鉄筋が入れてあるから、本件建物の基礎は安全性において十分である旨主張する。 しかし、先ず、枠組壁工法を用いた建築物は、その構造方法の特殊性の故に、建設大臣が定めた安全上必要な技術的基準に従えば足りる(建築基準法施行令80条の二第一号)が、(証拠省略)によれば、枠組壁工法を用いた建築物は、在来工法による建築物と比較し、建築物の固定荷重(自重、建築基準法施行令83、84条参照)が著しく軽いことが認められ、一方、本件建物が在来工法による建築物であることは弁論の全趣旨により明らかであるから、被告ら主張のとおり、建設省告示で枠組壁工法により二階建ての建築物には基礎底盤が不要とされているにしても、これをもって本件建物の基礎の安全性に関する判断基準にすることは相当でない。また、本件建物の布基礎に底盤といいうるものがないことは前示のとおりであるが、底盤に代えて流し打ちしたコンクリートの中に鉄筋が入れてある事実も、これを認めるに足る証拠はない。 以上によれば、基礎底盤は、建築物に作用する荷重及び外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下又は変形に対して構造耐力上安全な基礎にするため、木造二階建住宅には必要なものであるのに、本件建物にはこれがないから、本件建物の基礎には、建築基準法施行令38条1項所定の構造耐力上の安全性に欠ける瑕疵があるというべきである。 2 軸組構造 (一)繋ぎはり (証拠省略)によれば、軒けたの水平方向の移動を防ぐ構造部材である繋ぎはりが、本件建物では要所で多く欠落している事実が認められる。構造部材であるはりの配置について、本件請負契約に具体的定めはないが、建築基準法施行令36条2項によれば、「建築物に作用する水平力に耐えるように、つりあいよく配置すべきものと」されているから、繋ぎはりの欠落は建築工事に瑕疵があるというべきである。 (二)使用木材の品質 (証拠省略)によれば、目視できる範囲で、二階大屋根の小屋組に使用されている丸太はりに虫が生存していた形跡があり、また、小屋組材には総じて割れ・腐れ・欠け・虫穴・入り皮が多く見られ、一部に日本農林規格に適合しない品質の木材が使用されている事実も認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。横架材(はり、けた)、小屋組等の「構造耐力上主要な部分に使用する木材の品質」について、本件請負契約に格別の定めはないが、建築基準法施行令41条によれば、「節、腐れ、繊維の傾斜、丸身等による耐力上の欠点がないものでなければならない」とされており、また、これら主要構造部の建築材料の品質は、日本農林規格に適合するものでなければならない(建築基準法37条)から、小屋組材の一部には、構造耐力上の欠点を問うまでもなく、建築基準法37条違反の瑕疵があるというべきである。しかし、右丸太はりについては、構造耐力上の欠点や日本農林規格に適合しない品質のものである事実を認めるに足る証拠はない。 (三)仕口・継手 仕口・継手の方法について、本件請負契約に別段の定めはないが、建築基準法施行令47条一項は、「構造耐力上主要な部分である継手又は仕口は、ボルト締、かすがい打、込み栓打その他これらに類する構造方法によりその部分の存在応力を伝えるように緊結しなければならない」と定めている。ところが、本件建物の目視可能な小屋組構造部材の仕口をみるに、(証拠省略)によれば、小屋づかとけた、はりとの結合にかすがい等の金物補強が全く無く、小屋づかの上部・下部の仕口も、ほぞ・ほぞ穴の加工が粗雑で結合が甘く、つかが倒れていたり、母屋が浮き上がっていたり、ほぞとほぞ穴の方向が合わず、ほぞを切り落として突付けにし釘一本止めのまま放置している箇所などがあり、また繋ぎはりに仕口のほぞ加工がなく、突付けで釘打ち止めをしただけのものもあること、鑑定の結果によれば、筋かいとはりとの間に約1・5センチメートルの隙間がある上に補強金物もない等の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右事実によれば、本件建物は構造耐力上主要な部分である仕口が十分に緊結されているとはいえず、建築基準法施行令47条1項に反する瑕疵があるというべきである。 (四)斜材又は軸組 (1)壁又は筋かい入り軸組 本件請負契約に約定はないが、建築基準法施行令46条一項によれば、木造建物「にあっては、すべての方向の水平力に対して安全であるように、各階の張り間方向及びけた行方向に、それぞれ壁を設け又は筋かいを入れた軸組をつりあいよく配置しなければなら」ず、二階以上の木造建物では、右壁又は筋かいを入れた軸組の量は各階ごとに法定の必要数値を充足する必要があり、その数値の算定式が法定されている(同条三項)。ところが、(証拠省略)によれば、本件建物の一階における壁又は筋かいを入れた軸組は、法定の必要数値に対し、けた行方向で56・6パーセント、張り間方向で79・9パーセントしかなく、法定の構造基準を充足していないこと、また、鑑定の結果によれば、取り付けられた筋かいに、はりとの間に約1・5センチメートルの隙間があり、金物補強もなく、筋かいとして有効でないものがあること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右事実によれば、本件建物は建築基準法施行令46条1、3項に反し、水平力に対して安全性を欠く瑕疵があるというべきである。 (2) 火打材 火打土台が土台のゆがみを防ぐため、また火打ばりがはりとけたの接合部を固めるため、土台、二階の床組及び小屋はり組のすみずみに取り付けられる斜材で、いずれも建物のすみを平面的に固めるため、耐震、耐風上有効な補強構造部材であることは(証拠省略)により明らかであり、そのため、建築基準法施行令46条二項は「床組及び小屋はり組の隅角には火打材を使用しなければならない」と定め、(証拠省略)によれば、本件請負契約の図面でも二階床組及び小屋はり組の一部には火打ばりを取り付けることになっていることが認められる。しかるに、本件建物に火打土台の取付けが全くない事実は当事者間に争いがなく、(証拠省略)によれば、火打ばりも目視可能な範囲で欠落が多く、取り付けてある火打ばりには、仕口加工が悪く緊結されていないため、有効な火打ばりとして機能していないものがある事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 右事実によれば、本件建物は本件請負契約及び建築基準法施行令46条2項に反し、構造耐力上の瑕疵があるというべきである。 (なお、被告らは、建築基準法施行令46条においても、火打材は絶対不可欠のものとされているわけではないと主張する。しかし、現行の同条2項には但書で例外が設けられているが、本件請負契約が締結された昭和53年11月当時施行の同条2項には但書はなく、火打材の使用は絶対不可欠であったことを付言しておく。) (3)小屋組の振れ止め・けた行筋かい・小屋筋かい 本件請負契約に約定はないが、建築基準法施行令46条2項は「小屋組には振れ止めを設けなければならない」と定めている。(証拠省略)によれば、振れ止めは、和式小屋組が水平外力に対して比較的脆弱なことから、小屋組を補強するため取り付けるものであることが認められるから、右にいう振れ止めには、同じ目的のいわゆる小屋筋かい及びけた行筋かいを含むものと解すべきである。ところが、小屋組の振れ止めを施工していない事実は当事者間に争いがなく、(証拠省略)によれば、本件建物には振れ止めのみならず、これら小屋組補強の三部材が全く欠落していることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。 右事実によれば、本件建物には建築基準法施行令46条2項に反する瑕疵があるというべきである。 (4)根がらみ貫 本件建物に根がらみ貫の施工のない事実は当事者間に争いがない。 (証拠省略)によれば、根がらみ貫の取付けは、床の移動荷重や衝撃荷重によってつかがつか石から浮き上がったり、移動することを防止するのが目的であり、確立された床組の補強材であることが認められる。したがって、請負契約に別段の定めはないけれども、建築基準法施行令36条1項は建築物に根がらみ貫の取付けを義務付けているものと解すべきであるから、本件建物には右の点につき瑕疵があるというべきである。 以上:6,622文字
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