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好意を告白し性関係をもった男性の不法行為責任を否認した地裁判決紹介

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令和 7年12月22日(月):初稿
○「婚姻意思装い性関係をもった男性の不法行為責任を認めた最高裁紹介」の続きで、この最高裁判決法理を援用した最近の判例として、令和6年12月26日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。

○原告女性が、既婚者である被告男性から、同意なく又は既婚者でないなどと偽られ、性的関係をもたされるなどしたと主張して、被告に対し、不法行為に基づき550万円の損害賠償請求をしました。

○これに対し、本件の全証拠によっても、被告が積極的に詐言を用いて既婚者でない旨虚偽の事実を述べたとは認められないなどとして、請求を棄却しました。判決は、原告は、被告が複数回にわたり好意を伝えていたことを指摘するが、不貞関係にある当事者間においてそのようなやりとりがあったとしても、直ちに被告が将来的に原告と婚姻する意思をほのめかしたと解することはできないとして、性的関係をもった動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で、男性側の性的関係をもった動機、詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、女性側における動機に内在する不法の程度に比し、男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰謝料請求は許されるとの要件を厳しく判断しています。

○女性側における動機に内在する不法の程度に比し、男性側における違法性が著しく大きいものと評価されるのは、結構ハードルが高いと覚えておくべきでしょう。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告に対し、550万円及びこれに対する令和4年3月5日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告が、既婚者である被告から、同意なく又は既婚者でないなどと偽られ、性的関係をもたされるなどしたと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、第1記載のとおり損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがないか、文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨により優に認められる事実。なお、以下では特に断らない限り証拠は枝番号を含む。)
(1)
ア 原告は、昭和60年生まれの女性であり、ADHDの診断を受けているほか、ASD傾向も多分に併存しており、衝動性のコントロール不良などの症状がある。(甲2、3)
イ 被告は、原告の2歳年上の男性であり、令和元年当時原告が所属していた大学院の研究室の先輩である。被告は既婚者であり、妻と子がいる。

(2)原告と被告は、令和元年11月、名古屋市の大学で行われていた学会で知り合った。
 被告は、令和2年4月又は5月頃、原告の学会発表の練習に付き合ったり、書面作成などの学術的な事項について指導したりしていた。

第3 争点及び当事者の主張

     (中略)

第4 当裁判所の判断
1 認定事実


     (中略)

3 争点(1)(不法行為の成否)について
(1)令和2年6月13日の路上での行為について
ア 前記のとおり、被告が、令和2年6月13日午後10時頃、C駅に向かう路上で、原告に対して背後から抱きつき、キスをしたり下着に手を入れたりしたことが認められる(認定事実(2))。

イ 原告は、この被告の行為について、同意なく行われたものであると主張する。
 しかし、前記行為の翌日頃、原告が被告に対し、「凄い甘えてきて嬉しかったですが、心配もしてますよ」、「B先輩から『A好きだよ』と言われて本当にドキドキしました。…私もB先輩大好きなので本当に嬉しかったです。」などのメッセージを送っていること(認定事実(3)イ・ウ)、原告が令和2年7月頃被告に送った手紙に「帰宅するため駅へ向かう途中で、Bさんからいきなり抱きついて、『好きだ』と告白し、急にキスしてきた時は夢かと思いました。まさかB先輩と両想いであると夢にも思わなかったからです。嬉しさの反面、路上でそれ以上の行為を求められて驚き、赤面しました。」などの記載があること(認定事実(4)ウ)に照らすと、原告も被告の行為を受入れていたと解するのが自然であり、同年6月13日の路上における被告の行為が、原告の同意なく行われたものであったとは認められない。

ウ したがって、令和2年6月13日の路上での行為について、被告の不法行為は成立しない。

(2)令和2年6月13日以降の性的関係について
ア 前記のとおり、原告と被告が、令和2年6月13日、同年10月14日、同年11月23日、同月27日及び令和3年4月22日に、それぞれ性的関係をもったことが認められる(認定事実(2)、(6)~(9))。

イ 原告は、令和2年6月13日の性的関係について、被告が既婚者でない旨虚偽の事実を述べて原告を誤信させた旨主張する。
(ア)しかしながら、令和2年6月14日頃、「これだけは確認したかったのですが、私にご家族のことを伝えなかったのはワザとですか?隠していましたか?」との原告からの質問に対し、被告は、「基本的に自分は自分自身以外のことを人には言わないです」と返信しており(認定事実(3)キ)、本件の全証拠を検討しても、被告が積極的に既婚者でない旨虚偽の事実を述べて原告を欺いたとは認められない。

 また、原告が、同年10月14日、αのビジネスホテルにおいて、同年6月13日のことに関し、「やっぱ話してて楽しかったから、私もスッゴイ楽しかった。その後地獄に叩き落とされたけど、いやお店の人が教えてくれたの、こいつ妻子持ちで、奥さんも来たことがあって、子供も抱いてきたことあるよって」と述べたこと(認定事実(5)オ)、同年7月頃原告が被告に送った手紙に「Bさんとの恋が叶わないと知り、私はとても失望しました。その事実を知って、私は呑んだ後、直ぐに家に帰って儚い恋心を払拭するために朝まで泣こうと決めたのです。その時は後悔と失意でいっぱいでした。帰宅するため駅へ向かう途中で、Bさんからいきなり抱きついて,『好きだ』と告白し、急にキスしてきた時は夢かと思いました。」、「Bさんを心から感じられたことは、叶わない恋でも嬉しいことでした。」との記載があること(認定事実(4)ウ)に鑑みると、原告は、同年6月13日、居酒屋で被告と飲食をしている際、同店の店員から聞き、被告に妻子がいることを知ったと認められる。

したがって、同日、ホテルで性的関係をもつより前に、原告は被告が既婚者であると知っていたといえるから、原告が錯誤に陥っていたとは認められない。原告は、被告に妻子がいることを確定的に知ったのは同月17日である旨供述する(原告本人)が、前記認定に照らして採用できない。
 以上から、被告が既婚者でない旨虚偽の事実を述べて原告を誤信させた旨の原告の主張は採用できない。 

(イ)ところで、女性が、男性に妻のあることを知りながら性的関係をもったとしても、その一事によって貞操等の侵害を理由とする慰謝料請求が当然に許されないと解すべきではなく、性的関係をもった動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合で、男性側の性的関係をもった動機、詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、女性側における動機に内在する不法の程度に比し、男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰謝料請求は許されるものと解される(最高裁判所昭和44年9月26日第二小法廷判決・民集23巻9号1727頁参照)。

 しかし、前記のとおり、本件の全証拠によっても、被告が積極的に詐言を用いて既婚者でない旨虚偽の事実を述べたとは認められない。原告が前記居酒屋に行くまで被告を既婚者でないと信じていたのは、性交渉経験がないという趣旨の被告の冗談を、自らの障害特性等の影響によって冗談として受け止めることができなかったことに起因する可能性が高いと考えられる。また、令和2年10月14日以降の性的関係をみても、被告が断ったにもかかわらず原告の求めに応じる形で性的関係を持つに至っていることがうかがわれ、不貞関係を継続することに積極的であったのはむしろ原告であったと推認される反面、被告の違法性が著しく大きいことを基礎づける事情や証拠は存在しない。

(ウ)したがって、令和2年6月13日の性的関係について、被告の不法行為は成立しない。

ウ 原告は、同年10月14日以降の各性的関係について、原告が好意を持っていることに乗じ、被告が将来的に原告と婚姻する意思をほのめかして原告を誤信させた旨主張する。
(ア)しかし、被告が将来的に原告と婚姻する意思をほのめかして原告を誤信させたことを認めるに足りる証拠はない。

(イ)原告は、被告が複数回にわたり好意を伝えていたことを指摘するが、不貞関係にある当事者間においてそのようなやりとりがあったとしても、直ちに被告が将来的に原告と婚姻する意思をほのめかしたと解することはできない。また、原告は、令和2年8月29日の「Aさんのことは好ましいと思うし、産んでもらえるとそれはそれでうれしいと思ってて、でも、身勝手すぎるよなとも思ってるし」(甲21)や、同年10月13日の「そら産んでもらいたいって思うわけよ」(甲9)との被告のメッセージを指摘する(なお、弁論の全趣旨【第1回弁論準備手続調書参照】に照らし、これらのメッセージが捏造されたものであるとの被告の主張は採用できない。)。

しかし、前者のメッセージについては明確な意思を表示したものとはいえず、後者のメッセージについては、続けて原告が「認知しなくてもいいから。」と返答していることや、同年11月27日に、原告が被告に対し、「産むよ。」、「いや先輩には責任はないから。私が、勝手に育てる」などと述べていること(認定事実(8))に鑑みると、いずれも被告が将来的に原告と婚姻することを前提としたやりとりであるとは解されないから、被告が婚姻する意思をほのめかしたものとは認められない。原告の前記主張はいずれも採用できない。

(ウ)したがって、同年10月14日以降の各性的関係についても、被告の不法行為は成立しない。

4 よって、その余の点について検討するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第15部
裁判官 坂本清士郎

以上:4,350文字

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