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落語家師匠のパワハラについて80万円の慰謝料支払を命じた地裁判決紹介

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令和 7年 9月11日(木):初稿
○判例タイムズ令和7年9月1534号に落語家である師匠の弟子に対する複数の行為が,社会的に許容される範囲を逸脱した態様のパワーハラスメントに当たるものであるとして,不法行為に基づく損害賠償請求として師匠に対し80万円の支払を命じた令和6年1月26日東京地裁判決(判タ1534号227頁)が掲載されていました。落語に限らず、芸事の徒弟関係はパワハラの巣窟みたいなもので、弟子は理不尽とも言える苦難に耐えながら成長していくことが当然とされていたはずです。

○この判決を受けて、一般社団法人落語協会は、次のようなコメントを出しています。
ハラスメントをめぐる協会員間の民事訴訟について
本年1月26日、当協会の協会員が、同じく当協会の協会員である元師匠に対し、暴行や暴言などのハラスメント行為を受けた等として、不法行為による損害賠償請求権に基づき300万円の支払を求めた裁判につき、東京地裁は、元師匠に対し、80万円の支払を命じる判決を言い渡しました。

判決内容についてはコメントを控えさせていただきますが、当協会の協会員である師弟間でハラスメント問題が発生し、裁判にまで発展したことについては、当協会としても極めて遺憾に存じます。

今後控訴される可能性もあり、現時点では、本件がどのように決着するのか定かではありませんが、当事者間に遺恨が残らない形で解決されることを心より願っております。

当協会は、師弟関係の問題には直接介入できる立場にはないものの、落語界におけるハラスメント行為を防止し、業界全体の健全な発展に寄与するための取り組みを続けて参る所存です。今回のような事象が今後二度と発生しないよう、各協会員の方々のご理解とご協力も賜りながら、当協会としてどのような対応が可能か真摯に検討し、必要な措置を講じたいと考えております。

日頃より当協会を応援してくださっているファンの皆様や関係者の方々におかれましては、今後ともどうか変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
○落語会等芸事での修行についてこれまで当然と考えられてきた慣習に対し重大な警告となる画期的判決です。師匠側は判決を不服として同年2月に東京高等裁判所へ控訴しましたが、同年8月末に控訴を取り下げ、師匠側敗訴の一審判決が確定しました。

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主   文
1 本訴被告は、本訴原告に対し、80万円及びこれに対する令和4年11月23日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 本訴原告のその余の請求及び反訴原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを40分し、その1を本訴原告兼反訴被告の、その余を本訴被告兼反訴原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

1 本訴請求
 本訴被告は、本訴原告に対し、300万円及びこれに対する令和4年11月23日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
 反訴被告は、反訴原告に対し、3000万円及びこれに対する令和5年2月17日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本訴事件は、落語家である本訴原告兼反訴被告(以下「原告」という。)が、同じく落語家であり、原告の元師匠である本訴被告兼反訴原告(以下「被告」という。)から度重なる理不尽な暴行、暴言などによる制裁を受けて人格権を侵害されたほか、原告に破門を通知したにもかかわらず、破門届をCに提出しなかったことにより、落語家としての業務を妨害されたと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和4年11月23日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 反訴事件は、被告が、インターネット上の記事の配信事業者ら(以下「配信事業者ら」という。)からの取材を受けて原告が写真や音声データ等を提供し、配信事業者らに被告の名誉を毀損する記事を掲載させたと主張して、原告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料3000万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である令和5年2月17日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない。以下、引用の際には「前提事実(1)ア」などと表記する。)

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実
(以下、引用の際には「認定事実(1)」などと表記する。)
 前提事実のほか、証拠(各項末尾に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(1)原告が二ツ目に昇進するまでの被告との関係
 原告は、隣県出身の被告の落語を子どもの頃からよく聞いており、大学を卒業する頃には被告に憧れて弟子入りを志願するようになり、その5年後の平成21年12月に被告に入門した(前提事実(1)、乙5)。原告は、被告への入門後から二ツ目昇進前までは、毎日、掃除のために被告の自宅を訪れ、被告から稽古を付けてもらうなどしていた(原告本人53頁)。原告の兄弟子が平成24年頃に落語家を辞めてから、原告は被告の一番弟子となった(甲28、原告本人66頁、被告本人40頁)。

 被告は、弟子に対しては、師匠の姿を見て学び、弟子自身が感じ、考えて、師匠である自分にぶつかってくるべきであるとの思いを持っており、原告については、自分と三代目Eの姿から被告が考える師弟関係を理解しているはずだと認識していた。また、被告は、高座に上がった時にどのような客であるかをより早く把握できる噺家が大成するという考えから、弟子に対しては周囲への気遣いについて特に力を入れて指導し、弟子の周囲への気遣いが十分でない場合には、それを強く指摘し、叱責した。被告から見て、弟子の行動や態度が人としての道、噺家としての道に外れると感じたときは、叱責するだけでなく、たたいたりすることもあった。(被告本人20、21、33、34、40~43頁)

 そのような中で以下のような出来事があった。

     (中略)

3 争点(1)(被告による不法行為の有無)について
(1)原告と被告との師弟関係
 被告は、原告が主張する行為は、師匠としての指導の一環であり、落語という文化芸術の伝承における師匠と弟子との関係性を踏まえると、可罰的違法性が認められるものではないと主張する。
 たしかに、落語界では、弟子は、入門後、師匠の自宅の掃除など身の回りの世話、かばん持ちなどを続けて、師匠との濃密な関係を構築し、その関係性の中で芸の伝承が行われる側面があるということができる(認定事実(1)、乙2の1)。その一方で、師匠は弟子を破門することができ、破門された弟子は、Cを除名され得る立場となる(認定事実(11))。

 そうすると、落語界における師弟関係は、いわば職業上の親子関係ともいえるような濃密な人間関係であると同時に、師匠と弟子との間には師匠の優越的立場を背景とする歴然たる上下関係が存在するのであり、パワーハラスメントのような不法行為が生じる可能性をはらんだものということができるから、師匠としての指導の一環であるからといって、一般的に可罰的違法性が否定されるというものではなく、上記被告の主張を採用することはできない。

(2)平成22年秋の蕨市中央公民館での出来事
 被告が、平成22年秋、原告に対して坊主頭になるよう命じ、同人がこれに従ったことについては(認定事実(1)ア)、原告が被告の意を酌んで行った可能性も排除できず、被告による害悪の告知や暴行等の具体的な態様を示す証拠はないから、不法行為(強要行為)としての違法性を認めるに足りない。

(3)居酒屋eでの出来事

     (中略)

(10)まとめ
 以上のとおり、原告が不法行為であると主張する被告の行為のうち、前記(3)、(4)ア、(6)及び(8)に係るものについては、いずれも不法行為が成立すると認められ、その余については不法行為の成立を認めることができない。

4 争点(2)(原告の損害)について
 前記において不法行為と認めた前記3の(3)、(4)ア、(6)及び(8)の各行為(以下「本件不法行為」という。)はいずれも、落語界の師弟関係において師匠が弟子に対して絶対的上位者の地位にあることを背景として、一方的に強要し、暴行を伴う苛烈な叱責を加えるという社会的に許容される範囲を逸脱した態様のものであって、弟子である原告の落語家としての活動及びその前提となる生活環境に悪影響を与えるパワーハラスメントというほかないのであり、弟子という立場にとどまる以上、これらを甘受せざるを得ず、逃げ場がなかった原告の精神的苦痛は看過し難い。

 もっとも、認定された本件不法行為は、平成25年、平成29年、令和2年及び令和4年に起きたものであり、原告と被告との師弟関係が12年以上に及ぶことに照らすと、頻回であったということはできない。
 また、被告が本件不法行為に及んだのは、原告が気遣いや気配りが行き届いた立派な噺家として大成することを望んで指導しつつ、その方針に沿わない行動を諫め、改めさせる趣旨に出たものであると認められ、指導の態様が適切でなかったことは責められるべきであるが、被告の動機において考慮すべき点もあるということができる。

 他方において、被告の暴行によって、原告が具体的な傷害を負ったことを示す証拠はなく、原告は、師匠である被告との間のやり取りの経過から、確実に叱責を受けると考えた場合は、あらかじめ準備した録音機で被告とのやり取りを録音するなど(甲33、原告本人50~52、59、60頁)、冷静に対応している側面もあり、そのようにして得た資料を活用して、前提事実(3)のとおり、被告によるパワーハラスメントを告発するという内容の記事がインターネット上で掲載されるに至ったことにより、その精神的苦痛は一定程度慰謝されているということができる。

 以上の事情から原告の精神的損害を金銭に換算すると、その額は80万円と評価するのが相当である。

5 争点(3)(原告の配信事業者らに対する情報提供行為が不法行為といえるかどうか)について

     (中略)

第4 結論
 以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、80万円及びこれに対する令和4年11月23日から支払済みまで年3分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるから、その限度で認容し、その余は理由がないからこれらを棄却することとし、被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第37部 裁判長裁判官 杜下弘記 裁判官 安川秀方 裁判官 高岡遼大
以上:4,462文字

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