令和 7年10月14日(火):初稿 |
〇「裁判所鑑定結果による賃料増額請求を認めた地裁判決紹介4」の続きで、これまでは建物賃料についての増額請求事件でしたが、土地賃貸借契約での地代についての増額請求について裁判所鑑定結果による増額を認めた令和6年6月10日東京地裁判決(LEX/DB)を紹介します。 〇地主は、平成16年10月31日直近合意時点賃料月額1万8910円を、令和5年2月分以降、月額4万4131円であることを確認するとの請求をしました。 〇裁判所鑑定は後記しますが、正常実質賃料(新規賃料)は、基準時で月額11万2810円、直近合意時点で月額10万3540円となるとしながら、継続賃料として試算賃料月額を2万4960円と算定しました。鑑定書をよく読んで継続賃料の考え方を勉強する必要があります。 〇判例は、裁判所鑑定は、裁判所が指定した中立の立場の鑑定人が、宣誓の上、行ったものであるから、裁判所鑑定に特段不合理な点がない限り、これを重視して判断すべきであるところ、裁判所鑑定における各試算賃料の算定過程は、いずれも不動産鑑定評価基準に基づいており、鑑定人の専門家としての裁量・判断に特段不合理な点があったと認めることはできないとの決まり文句で、裁判所鑑定賃料を妥当と判断しました。 ********************************************* 主 文 1 原告と被告らとの間の別紙物件目録記載1及び同記載2の各土地に係る賃貸借契約に基づく賃料は、令和5年2月分以降、月額2万6560円であることを確認する。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを10分し、その7を原告の、その余を被告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 原告と被告らとの間の別紙物件目録記載1及び同記載2の各土地に係る賃貸借契約に基づく賃料は、令和5年2月分以降、月額4万4131円であることを確認する。 第2 事案の概要 1 本件は、別紙物件目録記載1及び同記載2の土地(以下、両土地を併せて「本件土地」という。)の所有者であり、本件土地を被告らに賃貸している原告が、本件土地の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)における賃料が適正賃料に照らし不当に低額になったため、被告らに対し賃料増額請求をしたとして、令和5年2月分(以下、同月1日を「本件価格時点」という。)以降の本件土地の賃料が月額4万4131円であることの確認を求める事案である。 2 前提事実(争いがないか各項末尾掲記の証拠等により容易に認定できる事実) (1)平成16年10月31日当時、本件土地を所有していた亡D(以下「亡D」という。)は、亡E(以下「亡E」という。)及び被告らに対し、亡E及び被告らの建物所有を目的として、以下の約定で本件土地を賃貸した(本件賃貸借契約)。なお、本件賃貸借契約は旧借地法に基づく借地権の更新契約であった。(甲1、2) ア 期間:平成元年2月1日から平成21年1月31日まで(20年間) イ 賃料:毎月末日限り翌月分の賃料月額1万8910円を支払う。(以下、この賃料を「従前賃料」といい、平成16年10月31日を「直近合意時点」という。) (2)原告は、平成21年9月29日、亡Dの相続人から本件土地を購入し、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位を承継した。(甲1) (3)亡Eは、平成31年1月31日死亡し、本件土地を敷地とする別紙物件目録記載3の建物を亡Eと共有していた亡Eの子である被告らが、相続により、亡Eの本件賃貸借契約上の賃借人の地位を併せて承継した。(甲3、7) (4)原告は、令和3年7月12日付けで、被告らに対し、地代の増額を請求し、その後、土地賃料増額調停(東京簡易裁判所令和4年(ユ)第491号)を申し立てたが、令和5年1月19日、不成立となった。(甲9、弁論の全趣旨) 3 争点は、〔1〕従前賃料が事情の変更により不相当となったといえるか、〔2〕本件価格時点における本件土地の適正賃料額であり、争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点に対する判断について (1)本件において裁判所が指定した鑑定人Fが作成した令和6年2月19日付け鑑定書(以下、この内容を「裁判所鑑定」という。)は、令和5年2月2日時点における適正賃料額を月額2万6560円と算定している。その概要は、別紙鑑定書概略のとおりである。 (2)そして、裁判所鑑定は、裁判所が指定した中立の立場の鑑定人が、宣誓の上、行ったものであるから、裁判所鑑定に特段不合理な点がない限り、これを重視して判断すべきであるところ、裁判所鑑定における各試算賃料の算定過程は、いずれも不動産鑑定評価基準に基づいており、鑑定人の専門家としての裁量・判断に特段不合理な点があったと認めることはできない。なお、裁判所鑑定の基準時は令和5年2月2日であるが、本件価格時点である同月1日との間には1日しか違いがないから、裁判所鑑定の基準時における適正賃料額は、本件価格時点における適正賃料額と同額であると認められる。 (3)以上によれば、本件価格時点における本件土地の適正賃料額は月額2万6560円と認めるのが相当であり、上記の適正賃料額と従前賃料の額との間の差額が月額7650円(年額9万1800円)であり、決して少額とはいえないことに照らすと、従前地代は不相当になったといわざるを得ず、原告の賃料増額請求は上記適正賃料額に増額する限度で認めるのが相当である。 2 結論 よって、原告の請求は、主文の限度で理由があるから一部認容し,その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第1部 裁判官 大澤多香子 (別紙)物件目録 1 所在 世田谷区α×丁目 地番 ×××番×× 地目 宅地 地積 7.61平方メートル 2 所在 世田谷区α×丁目 地番 ×××番×× 地目 宅地 地積 89.49平方メートル 3 所在 世田谷区α×丁目 ×××番地× 家屋番号 ×××番×の×× 種類 共同住宅 構造 木造スレート葺2階建 床面積 1階 62.04平方メートル 2階 62.78平方メートル 以上 (別紙)鑑定書概略 1 正常実質賃料(新規賃料)の算出(鑑定書31、32頁、別表1、2) 取引事例比較法を用いて近隣の更地価格(本件価格時点で1億0800万円、直近合意時点で7460万円)を算出し、これに期待利回り(本件価格時点で1.15%、直近合意時点で1.55%)を乗じた上、必要諸経費等(本件価格時点につき令和5年度固定資産税・都市計画税課税明細書に基づく実額である11万1700円、直近合意時点につき鑑定人の推定した8万6200円)を加えると、正常実質賃料(新規賃料)は、基準時で月額11万2810円、直近合意時点で月額10万3540円となる。 2 継続賃料の算出 (1)差額配分法の適用(鑑定書33頁、別表3) 直近合意時点から基準時にかけて、土地価格が44.8%の上昇、公租公課が29.6%の上昇、新規地代が9%の上昇となり、経済的事由に係る事情変更が認められるところ、上記1で算出した基準時での正常実質賃料月額11万2810円と従前賃料月額1万8910円との差額である9万3900円については、概ね、以下の理由から、賃貸人に対する配分率を10%とすべきである。そうすると、月額1万8910円に9390円を加えた月額2万8300円が差額配分法による試算賃料となる。 ア 直近合意時点から本件価格時点にかけて、経済変動が土地価格や新規賃料を含めて軒並み上昇傾向にある。 イ 従前賃料は新規賃料よりも大幅に低位である。 ウ 本件土地と相対的類似性が認められる住宅地においては、近年、地代が概ね上昇傾向にあると把握される。 エ 地代が長期間据置きとなっている事案において、近年、地主が増額請求をした場合、ほとんどの事案で増額が認められている。 オ 同一需給圏において地代の増額が認められている事案においては、新規賃料の動向よりは土地価格や公租公課の上昇が根拠とされている。 カ 従前賃料は、対路線価比が0.46%、公租公課倍率が2.16倍であり、これらは世田谷区内の事例水準(対路線価比0.6ないし0.7%程度、公租公課倍率が3ないし4倍程度)と比較して低位である。 キ 賃料の前改定時から直近改定時までの期間が15ないし20年の地代改定事例(本件は約18.3年)において、地代改定率の平均値は+36.55%、中央値は37.93%である。 ク 改定前地代が前面道路路線価に占める割合が0.55%以下の地代改定事例(本件は約0.46%)において、地代改定率の平均値は+28.54%、中央値は28.29%である。 ケ 改定前地代の公租公課に対する倍率が3倍以下の地代改定事例(本件は約2.27倍)において、地代改定率の平均値は+24.00%、中央値は19.71%である。 コ 世田谷区内の賃料改定事例において、期待利回りを考慮して新規賃料を想定した場合、直近の賃料改定で考慮された新規賃料と原告賃料の差額に対する配分率は5.14%ないし20.11%の範囲内にある(平均値12.92%、中央値12.47%)。 サ 継続賃料は直近合意時点から本件価格時点にかけての事情変更及び諸般の事情に基づいて検討すべきものであり、差額配分法の適用における賃料差額の配分に当たっては、賃貸人及び賃借人の双方の公平の観点から適切に判断して配分率を求める必要がある。 (2)利回り法の適用(鑑定書34、35頁) 本件土地の本件価格時点における更地価格である1億0800万円に、直近合意時点における純賃料の割合である0.19%を継続賃料利回りとして乗じ、必要諸経費等として、令和5年度固定資産税・都市計画税の合計額である11万1700円を加えて、利回り法による試算賃料月額を2万6410円と算定した。 (3)スライド法の適用(鑑定書36頁、別表4) 直近合意時点から基準時までの経済情勢の変動を示す各指数のうち、地代の改定率を重視し、土地の基礎価格及び公租公課の変動を関連付け、消費者物価指数、企業物価指数及び新規地代を比較衡量して、変動率を32.0%とし、従前賃料の約32.0%を従前賃料に加えて、スライド法による試算賃料月額を2万4960円と算定した。 (4)鑑定額の決定 差額配分法、利回り法及びスライド法はいずれも高い説得力を有することから、上記(1)ないし(3)によって算出された各試算賃料月額の平均値である月額2万6560円を、本件価格時点における本件土地の継続地代とするのが相当である。 以上 以上:4,352文字
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