令和 7年 7月23日(水):初稿 |
○原告夫は、その妻である被告に対し,原告と被告とは性格,価値観等の不一致などのために4年以上にわたって別居しており,その婚姻関係は破綻に至っているから,民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由がある旨を主張して,離婚と被告との間の子らの親権者をいずれも被告と定めることを求めて提訴しました。 ○被告妻は、婚姻関係が破綻に至っている旨の原告の主張を争うとともに,仮にこれが破綻に至っているとすれば,それについて主として責任があるのは,被告に対し婚姻費用分担金の支払をせずに兵糧攻めで原告との離婚に応じさせようとしている原告であり,有責配偶者である原告の離婚請求が認められる余地はない旨を主張し,原告の離婚請求の棄却を求めました。 ○これに対し、妻である被告との離婚を実現させるために婚姻費用分担金の支払をすることなく兵糧攻めともいうべき振る舞いを続けた原告が有責配偶者に当たるとして,原告の離婚請求を棄却した令和4年4月28日東京家裁判決(判タ1532号245頁、判時2622号70頁)関連部分を紹介します。 ○判決は、原告と被告との別居期間が4年6か月を超え,原告と被告との婚姻関係は既に破綻しており,民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があると認めるのが相当としながら、その原因は,一方的に被告との離婚を実現させようとした原告が,被告との別居に踏み切るにとどまらず,被告に対して婚姻費用の分担義務を負っていることを顧みることなく,兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞いを続け,婚姻関係の修復を困難たらしめたことにあったと認めるのが相当で、原告と被告との婚姻関係の破綻について主として責任があるのは,原告であり、原告と離婚して婚姻費用の支払を受けることができなくなった場合には,経済的に極めて過酷な状態に置かれることが想像されることなどの事情に照らすと,原告の離婚請求は,信義誠実の原則に反するとしました。 ******************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 原告と被告とを離婚する。 2 原告と被告との間の長男C(平成19年*月*日生まれ)及び二男D(平成23年*月*日生まれ)の親権者をいずれも被告と定める。 第2 事案の概要 本件は,原告が,その妻である被告に対し,原告と被告とは性格,価値観等の不一致などのために4年以上にわたって別居しており,その婚姻関係は破綻に至っているから,民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由がある旨を主張して,離婚を請求するとともに,被告との間の長男及び二男の親権者をいずれも被告と定めることを求めた事案である。 1 前提事実 証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。 (1)原告(昭和54年*月*日生まれ,男性)と被告(昭和51年*月*日生まれ,女性)は,平成18年6月25日に婚姻の届出をし,平成19年*月*日に長男C(以下,単に「長男」という。)を,平成23年*月*日に二男D(以下,単に「二男」という。)をそれぞれもうけた(弁論の全趣旨)。 (2)原告及び被告は,長男及び二男とともに,Jに所在するマンションであるEの近隣に所在するマンションの原告が所有する居室に居住していたところ,平成24年8月頃,原告が購入したEのI号室に転居した(甲13,乙4,7,原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)。 (3)原告は,平成28年2月頃,EのI号室を売却し,同年4月頃,Kに所在するマンションであるF号室を賃借し,原告及び被告は,その頃,同所に転居した(甲13,乙7,被告本人,弁論の全趣旨)。 (4)原告は,平成29年7月頃,Lに所在するマンションであるG号室(原告の肩書住所地)を賃借するなどした上で,同月31日,同所に転居して,被告並びに長男及び二男との別居を開始した(甲13,乙4,弁論の全趣旨)。 (5)被告並びに長男及び二男が居住するF号室の賃貸期間は平成30年3月までであったところ,原告は,平成29年12月頃,Mに所在するマンションであるH号室(被告の肩書住所地)を購入し,被告並びに長男及び二男は,平成30年1月頃,同所に転居した(甲13,乙4,原告本人,弁論の全趣旨)。 (6)原告は,平成30年7月11日,被告を相手方とする夫婦関係調整(離婚)調停を東京家庭裁判所に申し立てたが(東京家庭裁判所**夫婦関係調整(離婚)申立事件),同調停は,同年12月13日,不成立により終了した(甲11)。 (7)原告は,令和元年8月28日,被告に対し,H号室を賃貸したと主張して,平成30年12月21日以降の未払賃料として,同日から令和元年9月5日まで1か月23万円の割合の金員の支払などを求める訴えを東京地方裁判所に提起したが(東京地方裁判所**賃料支払請求事件),東京地方裁判所は,令和3年6月11日,原告と被告との間には賃貸借契約は成立していないなどとして,原告の請求を棄却する判決(乙1)を言い渡した(乙1,弁論の全趣旨)。原告は,これに対して控訴をしたが(東京高等裁判所**賃料支払請求控訴事件),東京高等裁判所は,令和4年1月13日,同控訴を棄却する旨の判決(乙4)を言い渡し,その後,上記の原告の請求を棄却する判決が確定した(乙1,4,弁論の全趣旨)。 (8)被告は,令和元年10月16日,原告を相手方とする婚姻費用分担調停を東京家庭裁判所に申し立て(東京家庭裁判所**婚姻費用分担調停申立事件),同調停は,令和3年3月19日,不成立により終了し,審判に移行したところ(東京家庭裁判所**婚姻費用分担申立事件),東京家庭裁判所は,同年7月16日,原告に対し,婚姻費用分担金として,平成31年2月から令和3年6月までの未払分799万9000円を直ちに,令和3年7月から当事者の離婚又は別居の解消に至るまで,毎月末日限り,1か月当たり25万8000円を被告に支払うよう命ずる審判(乙2)をした(乙2,弁論の全趣旨)。原告は,これに対して即時抗告をしたが(東京高等裁判所**婚姻費用分担審判に対する抗告事件),東京高等裁判所は,令和4年1月31日,原告の即時抗告を棄却する旨の決定(乙6)をし,上記審判は確定した(乙6,弁論の全趣旨)。 (9)原告は,令和3年4月14日,本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。 2 当事者の主張の要旨 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記第2の1(前提事実)のほか,証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる (中略) なお,原告は,平成31年2月以降,本件口頭弁論終結時に至るまで,被告に対する婚姻費用分担金の支払を一切していない(前記(11),原告本人,弁論の全趣旨)。 2 婚姻関係の破綻について (1)原告は,被告に対し,原告と被告とは性格,価値観等の不一致などのために4年以上にわたって別居しており,その婚姻関係は破綻に至っているから,民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由がある旨を主張して,離婚を請求している。 しかし,前記1で認定したところからは,原告が平成28年頃には被告に対する愛情を一方的に喪失していたことはうかがわれるものの,一件記録によっても,原告と被告との間に婚姻の継続を困難とするほどの性格,価値観等の不一致があったと認めるに足りる証拠ないし事情までは見当たらない。 原告は,平成27年頃になると,原告が午前5時頃に仕事に疲れて帰宅しても,浴室が洗濯物で埋め尽くされているなどして,シャワーを浴びることすらできなかったり,自動掃除機を使うために椅子が机の上に積み上げられていて,座って休むことすらできなかったりすることが度々あって,原告が家庭内での居心地の悪さを感ずる機会が増えるようになった旨を主張し,同年5月5日午前5時06分に浴室に洗濯物が干されている様子を撮影した写真(甲1)を提出するが,浴室に洗濯物が干してあったところで,それらを取り込んでから,シャワーを浴びて,必要に応じて再びそれらを干せばよいだけのことであるし,自動掃除機を使うために椅子が机の上に積み上げられていたところで,椅子を降ろして座ればよいだけのことであって,上記の原告の主張が婚姻の継続を困難とする事情をいうものであるとはおよそ理解し難いというべきである。 もっとも,前記1(7)のとおり,原告は平成29年7月31日に被告並びに長男及び二男との別居に踏み切っており,原告と被告との別居期間は,本件口頭弁論終結時において,4年6か月を超えるものになっているところ,これだけの期間に及ぶ別居の継続は,それ自体が原告と被告との婚姻関係の破綻を基礎付ける事情であるといわざるを得ない。 このような観点から,原告と被告との婚姻関係は既に破綻しており,民法770条1項5号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があると認めるのが相当である。 (2)その上で,被告は,原告と被告との婚姻関係が既に破綻しているのであれば,これについて主として責任があるのは,被告との婚姻生活を投げ出し,被告に対し婚姻費用の分担を一切せずに兵糧攻めで原告との離婚に応じさせようとしている原告であるというべきである旨を主張する。 そこで,これについて検討すると,前記1で認定したとおり,原告は,平成29年7月31日、一方的に被告並びに長男及び二男との別居に踏み切った後,平成30年7月11日,被告を相手方とする夫婦関係調整(離婚)調停を東京家庭裁判所に申し立て,これが同年12月13日に不成立により終了すると,それまでしていた被告に対する月額46万円の送金を停止して,平成31年2月以降,本件口頭弁論終結時に至るまで,被告に対する婚姻費用分担金の支払を一切しなかったばかりか,令和元年8月28日,被告に対し,被告並びに長男及び二男が居住する住居を賃貸したとする独自の見解を主張して,未払賃料の支払などを求める訴えを東京地方裁判所に提起するに及んでいるのであって,原告のこうした振る舞いは,正に兵糧攻めによって被告に原告の一方的な離婚の要求を受入れさせようとするものであったということができる。 そして,以上のような事情に鑑みると,原告と被告との別居期間が4年6か月を超え,その婚姻関係が破綻するに至った原因は,一方的に被告との離婚を実現させようとした原告が,被告との別居に踏み切るにとどまらず,被告に対して婚姻費用の分担義務を負っていることを顧みることなく,兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞いを続け,婚姻関係の修復を困難たらしめたことにあったと認めるのが相当である。 したがって,原告と被告との婚姻関係の破綻について主として責任があるのは,原告であるというべきである。 (3)そうすると,原告は有責配偶者に当たるというべきところ,原告と被告とが婚姻の届出をしてから別居を開始するまでの期間は11年程度であるのに対し,原告と被告とが別居を開始してからの期間は4年6か月を超えた程度にすぎないこと,長男及び二男はそれぞれ本件口頭弁論終結時において14歳及び10歳であって,原告と被告との間に未成熟の子が存在していること,長男及び二男の監護養育に当たっている被告は,令和2年には194万円程度の給与収入を得ていたにすぎず(乙2,弁論の全趣旨),原告と離婚して婚姻費用の支払を受けることができなくなった場合には,経済的に極めて過酷な状態に置かれることが想像されることなどの事情に照らすと,原告の離婚請求は,信義誠実の原則に反するものであるというのが相当である。 なお,原告は,本人尋問において,被告に対し婚姻費用分担金を支払う意向を示すに至っているが,今になって婚姻費用分担金を支払ったところで,これまで一方的に被告との離婚を実現させようとした原告が被告に対して婚姻費用の分担義務を負っていることを顧みることなく兵糧攻めともいうべき身勝手な振る舞いを続けてきたという事実がなかったことになるわけではないから,有責配偶者である原告の離婚請求が信義誠実の原則に反し許されないであるとする認定判断が直ちに左右されることはないというべきである。 第4 結論 以上によれば,原告の離婚請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 (裁判官 川嶋知正) 以上:5,127文字
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