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特別支援学校教職員の不法行為責任を認めた地裁判決紹介

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令和 7年 9月23日(火):初稿
○亡P5は、知的障害及び身体障害を有し、被告が設置する大分県立A支援学校高等部に通学していたところ、給食時間中に倒れ、その後死亡した事故につき、P5の親族である原告らは、P5には掻き込むような食べ方をして食物を丸飲みするという傾向があり、これによって咽頭が食物で閉塞され窒息が生じたことにより死亡したもので、本件事故当時本件支援学校の教職員であった者らには注意義務等があったのに、これらを怠ったなど主張して、原告らが、被告に対し、主位的に民法715条に基づき、予備的に国家賠償法1条1項に基づき、損害金合計3726万0450円及び遅延損害金の支払を求めました。

○これに対し、P5の給食時間中、担任教員が、ランチルームを出る際に他の教職員に見守りを依頼することなくP5を一人残すなどしたことが、同教員が負っている見守り義務に違背したといえるなどとして、原告P1及び原告P2の予備的請求はそれぞれ330万円の損害賠償等の支払を求める限度で理由があるとし、不法(違法)行為により死亡した者の相続人が被害者の得べかりし国民年金法30条の4所定の障害基礎年金を逸失利益として請求することはできず、P5の損害額の合計2366万8940円(治療費,葬儀費用,慰謝料)の損害賠償請求権については、亡生徒の親族は,独立行政法人日本スポーツ振興センターから災害共済給付金(死亡見舞金)として2800万円の給付を控除すると,P5の損害は0円とした令和6年3月1日大分地裁判決(判時2628号122頁)関連部分を紹介します。

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主   文
1 原告P1及び原告P2の主位的請求をいずれも棄却する。
2 被告は、原告P1に対し、330万円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告P2に対し、330万円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告P1及び原告P2のその余の請求をいずれも棄却する。
5 原告P3及び原告P4の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用のうち原告P3及び原告P4と被告との間に生じたものについては、同原告らの負担とし、その余の原告らと被告との間に生じたものについては、これを5分し、その4を同原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
7 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

1 被告は、原告P1に対し、1533万0225円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告P2に対し、1533万0225円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告P3に対し、330万円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告P4に対し、330万円及びこれに対する平成28年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
 亡P5(以下「P5」という。)は、知的障害及び身体障害を有し、被告が設置する大分県立A支援学校(以下「本件支援学校」という。)高等部(以下、単に「高等部」という。)に通学していたところ、平成28年9月15日、給食時間中に倒れ、その後死亡した(以下「本件事故」という。)。
 P5の親族である原告らは、P5には掻き込むような食べ方をして食物を丸飲みするという傾向があり、これによって咽頭が食物で閉塞され窒息が生じたことにより死亡したとし、本件事故当時本件支援学校
の教職員であった者ら(学校長であったP6(以下「P6」という。)、P5の担任であったP7(以下「P7」という。)、中学部の養護教諭であったP8(以下「P8」という。)及び高等部の臨時養護教諭であったP9(以下「P9」という。)。以下、前記4名を併せて「本件教職員ら」という。)には、給食時間中のP5を見守り、食物による窒息を防止すべき注意義務及び同人の口腔内の食物を直ちに除去するなどの応急処置を採るべき注意義務等があったのに、これらを怠ったなどと主張している。

 本件は、原告らが、被告に対し、主位的に民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)715条に基づき、予備的に国家賠償法1条1項に基づき、損害金(治療費、逸失利益、P5の慰謝料及び葬儀費用の合計額から既払の災害共済給付金を控除した金額、原告ら固有の慰謝料並びに弁護士費用)合計3726万0450円及びこれらに対する不法行為の後の日である平成28年10月3日(P5死亡の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 なお、原告らは、本件訴訟において、上記の請求のほかに本件教職員らに対する民法709条に基づく損害賠償請求をしていたが、令和5年6月23日の和解期日において、原告らと本件教職員らとの間で訴訟上の和解が成立した。

1 前提事実(証拠によって認定した事実は、各項末尾の括弧内に認定に供した証拠を摘示し、その記載のない事実は、当事者間に争いがないか、当裁判所に顕著である。)
(1)当事者等
ア P5について
(ア)P5は、平成11年◎月◎◎日生まれの女性である(甲A1)。

(イ)P5は、平成17年4月、本件支援学校小学部に入学し、平成28年9月15日当時は、高等部3年4組(生活教養科)に在籍していた。なお、高等部は、単一障がい学級(職業生活科)と重複障がい学級(生活教養科)で学級を編成しており、3年1組及び2組が職業生活科、同3組及び4組が生活教養科の学級であった(甲A3、証人P10)。

(ウ)P5は、知的障害及び身体障害を有しており、以下の療育手帳(平成27年4月10日再交付)及び身体障害者手帳(平成23年3月29日再交付)の交付を受けていた(甲A2の1・2)。
療育手帳
障がいの程度(総合判定):A1
身体障害者手帳
身体障害者等級表による級別:2級
障害名:運動発達遅滞、甲状腺機能低下症による体幹機能障害(歩行困難)(3級)、脳性障害による音声・言語機能喪失(3級)

(エ)平成27年3月19日当時のP5の精神年齢等は以下のとおりであった(甲A6)。
a 田中ビネー知能検査〈5〉
MA(精神年齢)2歳1か月、IQ(知能指数)13
b S-M社会生活能力検査
SA(社会生活年齢)2歳5か月、SQ(社会生活指数)19

イ 原告らについて
(ア)原告P1はP5の父であり、原告P2はP5の母である。P5の法定相続人は原告P1及び原告P2のみであり、その相続分は各2分の1である(甲A1)。
(イ)原告P3はP5の弟であり、原告P4はP5の妹である(甲A1)。

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実のほか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1)本件事故発生日における本件事故発生までのP7の動静等について

     (中略)

(2)本件事故発生から救急隊員が臨場するまでの動静について

     (中略)

(3)救急隊到着後、P5が鶴見病院に搬送されるまでの動静について
ア 救急隊員が、P5の体位を仰臥位に変換し、同人を観察したところ、その結果は以下のとおりであった(甲A3、甲A20の1ないし3)。
 意識JCS〈3〉-300、気道に食物残渣あり、脈拍触れず、呼吸感ぜず、眼球上転、チアノーゼ、無表情、下顎挫創、痙攣なし、嘔吐なし、麻痺なし

イ 救急隊員は、午後1時21分頃、P5が心肺停止状態であったため、CPR(心肺蘇生法)を開始した(甲A3、甲A20の1ないし3)。

ウ 救急隊員がP5の口腔内を確認したところ、大量の食物残渣(ご飯粒様)を認め咽頭展開し吸引を試みたが開口が困難であった(約1横指のみしか開口できなかった。)ため,可能な範囲で異物を除去した(甲A3、甲A20の1ないし3)。

エ 救急隊員は、鶴見病院へ受入れ要請を行い、同要請につき了承を得た後、午後1時25分頃、P5を救急車に収容した。なお、同病院が本件支援学校から近い場所に所在し、異物の除去後、換気は良好であったため、医師への指示要請は行われなかった(甲A3、甲A20の1ないし3)。 

     (中略)

(4)鶴見病院到着以降の動静等

     (中略)

イ P5は、平成28年10月2日午前4時12分、死亡した(前提事実(4)オ)。
 鶴見病院医師P19作成の「死体検案書」(甲A5)には、「(ア)直接死因 低酸素脳症」「(イ)(ア)の原因 食物誤嚥による窒息」との記載があり、「死因の種類」欄の「6窒息」に丸が付されている。

     (中略)

2 争点(1)(被告が民法715条に基づく使用者責任を負うか)について

     (中略)

 そして、公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解される(最高裁昭和49年(オ)第419号同53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁)ことに照らせば、本件において、被告が民法715条に基づく損害賠償責任を負うものとは解し難いから、原告らの上記主張を採用することはできず、原告らの主位的請求は棄却されるべきことに帰する。
 したがって、以下では、原告らの予備的請求である国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求について、その当否を検討することとする。


3 争点(2)(本件教職員らの注意義務違反の有無)について
(1)P7の注意義務違反(見守り義務の違反)の有無について
ア 原告らは、本件事故発生時にP5の見守りを担当していたP7には、P5の給食時間中、ランチルーム内でP5から目を離すことなく常時見守り、食物による窒息を防止すべき義務(見守り義務)があったにもかかわらず、P14と共にランチルームを出る際、他の教職員に見守りを依頼することなくP5を一人残し、その場を離れており、前記義務に違背した旨を主張するので、この点について検討する。

イ 一般に、学校の教諭には、その職務の性質や内容に照らし、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務(安全配慮義務)があると解される。
 特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ。)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とするものであり(学校教育法72条)、このような目的を実現するために、特別支援学校においては1学級ごとの児童生徒の人数等が制限されている(令和3年9月24日文部科学省令第45号による改正前の学校教育法施行規則120条等)。

 そして、知的障害を有する児童生徒は、一般に危険認知能力が低く、危険にさらされる場面が多くなると考えられていることも踏まえると、特別支援学校においては、知的障害を持つ児童生徒一人一人の特質に日頃から注目し、これに応じた特段の指導や配慮が求められるものというべきであり、その指導に当たる特別支援学校の教諭には、前記義務にとどまらず、当該児童生徒の障害の特質を踏まえた安全配慮義務があるものと解される。

 その上で、特別支援学校において児童が給食時間中に食物を誤嚥し喉に詰まらせる事故が発生したことを契機として、平成24年7月3日付けで、文部科学省から、各都道府県の教育委員会等に対し、「食物の誤嚥は重大事故につながる可能性があることを改めて認識し(中略)食べる機能に障害のある幼児児童生徒の指導に豊富な経験を有する教職員を含む複数の教職員で指導する等により安全確保を徹底すること」、「食事中(中略)の幼児児童生徒の様子を観察し、適切かつ安全な指導を行うよう留意すること」等を域内の学校等に周知するよう求める通知(24初特支第9号。甲B2)が発せられたほか、平成25年7月1日付けで、同種の事故の発生を契機として前記指導の徹底を求める事務連絡(甲B3)が発せられているのであるから、特別支援学校である本件支援学校の教職員においては、給食時における窒息や誤嚥が重大事故につながる可能性があることを踏まえ、給食時において、当該児童生徒の有する特質に照らした配慮をすることが求められていたというべきである。

     (中略)

オ 以上のとおり、P7には、P5の給食時間中、ランチルーム内でP5から目を離すことなく常時見守り,食物による窒息を防止すべき義務(見守り義務)があったにもかかわらず、P14と共にランチルームを出る際、他の教職員に見守りを依頼することなくP5を一人残して、P5に「食べようね」と声掛けをしてその場を離れており、前記義務に違背したものというべきである。

4 争点(3)(前記注意義務違反とP5の死亡との間の因果関係)について

     (中略)

(5)小括
 以上のとおり、P7の注意義務違反(見守り義務違反)とP5の死亡との間には因果関係が認められるから、その余の本件教職員らの注意義務違反の有無等について判断するまでもなく、被告は、本件事故においてP5が死亡したことにつき、国家賠償法1条1項の責任を負うというべきである。

5 争点(3)(原告らの損害)について

     (中略)
 同法30条1項に基づく障害基礎年金は、原則として、保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状態になったときに支給されるものであり、保険料が拠出されたことに基づく給付としての性格を有している。一方、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金は、被保険者資格を取得する20歳に達する前に疾病にかかり、又は負傷し、これによって重い障害の状態にあることとなった者に対し、一定の範囲で国民年金制度の保障する利益を享受させるべく、同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣旨で設けられた無拠出制の年金給付であるとされる(最高裁平成17年(行ツ)第246号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁参照)。
 そして、同法は、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金について、刑事施設等に拘禁されている場合の支給停止(同法36条の2第1項)や所得制限による支給停止(同法36条の3第1項)等の支給停止事由を定めているところ、これらの支給停止事由は、同法30条1項に基づく障害基礎年金については定められていない。
 そうすると、同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金は、拠出した保険料とのけん連関係があるものとはいえず、社会保障的性格が強いものであるというべきであり、同法30条1項に基づく障害基礎年金とは直ちには同列には解し難い。

 したがって、P5が同法30条の4第1項に基づく障害基礎年金を受給していた蓋然性があったと認められたとしても、同年金がP5の逸失利益であると認めるのは困難であるというほかないから、原告の前記主張は採用し難いものといわざるを得ない。


     (中略)

6 小括
 以上によれば、原告らの主位的請求にはいずれも理由がなく、原告P1及び原告P2の予備的請求はそれぞれ330万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告P3及び原告P4の予備的請求にはいずれも理由がないことに帰するところ、本件事案の内容及び性質に加え、本件訴訟の審理経過や弁論終結後の事情等も踏まえ、若干付言する。

 本件は、障害を抱えた生徒が安心して学校生活を送ることができる本来安全であるべき特別支援学校という場において、その生徒であったP5が給食時間中に給食を喉に詰まらせて窒息し尊い命を失ったという誠に痛ましい事故に係る事案である。

 そして、当裁判所の判断はこれまでに説示したとおり、P5の給食時間中、P5の担任教員が、ランチルームを出る際に他の教職員に見守りを依頼することなく同所にP5を一人残すなどしたことが、同教員が負っている見守り義務に違背したというものである。本件事故が、同教員を含む特別支援学校の教員らが限られた人的・物的態勢の下で相応の負担を伴いながら障害を抱えた生徒の指導等に当たっている中で生じたものであることも踏まえれば、本件のような痛ましい事故が二度と起きることなく、障害を抱えた子を持つ保護者が安心して子を託し、その成長を見届けることができるようにするためには、ひとり担任教員の責任追及のみに終始するのではなく、特別支援学校の運営に関わる学校関係者一同、ひいてはその設置管理者である地方自治体が一丸となって、本件事故の原因を含む背景的要因も踏まえた再発防止にこれまで以上に真摯に取り組むことが求められているものと思料される。

 当裁判所は、本件が一日でも早く解決に至ることを願うと共に、特別支援学校においてこのような事故が二度と起きることのないよう、本件を契機として、再発防止に資する有効な施策が講じられることを願ってやまないものである。

第4 結論
 以上によれば、原告P1及び原告P2の各予備的請求は、主文第2項及び第3項の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、原告P1及び原告P2のその余の各請求並びに原告P3及び原告P4の各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
大分地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 石村智 裁判官 周藤崇久 裁判官 齊藤壮来
以上:7,276文字

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