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令和 7年 7月25日(金):初稿 |
○「業務委託先従業員自損事故についての損害賠償請求を制限した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審の令和6年5月22日東京高裁判決(判タ1530号94頁、判時2622号30頁)関連部分を紹介します。 ○一審原告が、その所有する車両2台を一審被告に運転させていたところ、一審被告はそのいずれについても自損事故を起こして損傷させたと主張して、一審被告に対し、民法709条に基づき約407万円の損害賠償金等の支払を求め、原審は、一審原告が一審被告に対し求めることのできる損害賠償は、未弁済額の25%に限られるとして、一審原告の請求のうち約2万円の支払を命じ、一審被告及び一審原告がそれぞれ控訴しました。 ○控訴審判決は、一審被告は、一審原告との間に直接の雇用関係はなかったが、一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものと認められ、一審原告が本件各事故により被った損害のうち一審被告に対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とするのが相当としました。 ○その結果、実質的には、一審原告の一審被告に対する損害賠償請求債権は、民法439条1項の趣旨に照らし、その全額が消滅したものというべきであるから、一審原告は、一審被告に対し、本件各事故についての損害賠償を請求することができないとして、一審原告の請求は理由がなく棄却すべきとして、原判決を取り消し、一審原告の請求は全部棄却しました。実質従業員に有利な極めて妥当な判決です。 ********************************************** 主 文 1 (1)一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。 (2)上記の部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。 2 一審原告の本件控訴を棄却する。 3 訴訟費用は第1、2審とも一審原告の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 一審被告の控訴の趣旨 主文第1項(1)及び(2)と同旨 2 一審原告の控訴の趣旨 (1)原判決を次のとおり変更する。 (2)一審被告は、一審原告に対し、407万5940円及びこれに対する平成31年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 (1)本件は、一審原告が、その所有する車両2台を一審被告に運転させていたところ、一審被告はそのいずれについても自損事故を起こして損傷させたと主張して、一審被告に対し、民法709条に基づき、407万5940円及びこれに対する2件目の事故の日である平成31年3月13日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 (2)原審は、一審被告に対して2万2844円及びこれに対する平成31年3月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で、一審原告の請求を認容した。 これに対し、一審被告及び一審原告の双方が、自己の敗訴部分を不服としてそれぞれ控訴を提起した。 2 前提事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。) (中略) 第4 当裁判所の判断 当裁判所は、原判決とは異なり、一審原告の請求を棄却すべきものであると判断する。その理由は、以下のとおりである。 1 争点(1)(一審被告の免責又は賠償責任の制限の可否)について (1)使用者が、その事業の執行についてされた被用者の加害行為により直接損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ、被用者に対し上記損害の賠償を請求することができるものと解される(前掲・最高裁昭和51年7月8日第一小法廷判決参照)。 (2)本件において、一審被告は、第1事故の時点(平成31年1月28日)では一審原告との間に直接の雇用関係はなく、一審原告の業務委託先であるAに雇用されていたものの、一審原告の従業員から解体作業や廃材の運搬についての具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものと認められる(一審原告代表者〔2、19頁〕、弁論の全趣旨)。そして、第1事故は、一審被告が、まさに一審原告の従業員からの指示を受けて、廃材を処分場まで運搬するため、一審原告の所有する車両(第1車両)を運転している際に生じたものであって(一審原告代表者〔2頁〕)、第1事故による一審被告の一審原告に対する損害賠償責任については、直接の雇用関係がある場合と同様に、上記(1)の理が妥当するものというべきである。 また、第2事故の時点(同年3月13日)の雇用関係については、一審被告は既に一審原告と直接の雇用関係に入っていたと主張する一方、一審原告は第2事故の後の同月中旬頃に直接の雇用関係に入ったと主張しているところ、いずれの主張についてもその裏付けとなる客観証拠が見当たらず、証拠上は判然としない。もっとも、第2事故の時点で一審原告との直接の雇用関係に入っていたのであればもちろん、仮にまだ直接の雇用関係に入っていなかったとしても、一審被告は、第1事故の時点と同様に、一審原告の従業員から具体的な指示を直接受け、一審原告の車両、工具、資材等を使用していたものである上、第2事故はまさに一審被告が一審原告の所有する車両(第2車両)を運転している際に生じたものであって、いずれにせよ、上記(1)の理が妥当することに変わりはない。 (3)そこで検討するに、一審原告は、建設業等を目的とする株式会社であり、従業員数は5人程度(甲17)、当時の年間売上高は2億1000万円程度であるものの(甲8)、平成31年時点で14台の車両を有しており(甲10)、このうち11台がトラック(ダンプトラックを含む。)であった(甲10のうち明細番号00009、00010及び00014を除いたもの)ものと認められる。 そして、一審原告では、一つの現場に最低でも1台のトラックを必要としていたところ、平成31年1月ないし3月当時は15件近くの現場で業務を行っており、1台のトラックで複数の現場をカバーしていたのであって、トラックに支障が生じた場合、代車が必要となる可能性が相応にあったのに(一審原告代表者〔2ないし4頁〕)、一審原告は、第1車両の車両保険では代車補償を対象外とし(甲9の1。明細番号00007に「代車なし 代車補償対象外」と記載されている。)、第2車両の車両保険でも一般的なトラックを代車補償の対象外としていた(甲9の2、甲13。代車を「総排気量が1,300ccクラス以下の自家用小型乗用車」に限るとしている。)ものと認められる。 他方、一審被告は現場作業員であり、一審原告の従業員から直接指示を受けて解体作業や廃材の運搬に従事していたのであって、当時の給与収入は手取りで約23万円ないし25万円程度にとどまっていたものと認められる(乙1〔平成31年4月15日の項〕、8〔同日のLINE〕)。しかも、使用者である一審原告においては、自動車保険に加入することで損害の填補を受けたり、賠償責任を免れたりすることができるのに対し、被用者である一審被告において、そのような保険に容易に加入することができたとはにわかに認め難い。 そして、一審被告の惹起した第1事故は第1車両を車道左側のガードレール等に衝突させたものであり、第2事故は第2車両を横転させたものであって、いずれも比較的単純な自損事故である上、その際、一審被告において、酒気帯び運転や大幅な速度超過その他の著しい過失があったとまでは認められない。 なお、一審被告の自動車運転免許には「準中型で運転できる準中型車は準中型車(5t)に限る」との条件が付されており(乙2)、ここにいう「準中型車(5t)」とは車両総重量が3.5t以上5t未満の準中型車を指すところ(乙3の1〔2頁〕)、第2車両の車両総重量はこれを超えていたため(当事者間に争いがない。)、本来、一審被告は第2車両を運転することができなかったものである。もっとも、この条件違反と第2事故の発生との間に直接の因果関係があるとは認め難い上、一審原告の代表者の供述によれば、代表者自身は一審被告の自動車運転免許に上記の条件が付されていたことを知っていたものの、現場の従業員がこれを知らないまま、一審被告に対して第2車両を運転するよう指示したものと認められるところである(一審原告代表者〔8、22、23頁〕)。 以上の各認定事実を総合考慮すると、本件において、一審原告が第1事故及び第2事故により被った損害のうち一審被告に対して賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害額の10%を限度とするのが相当である。 2 争点(2)(賠償金の実質的な回収の有無)について (中略) 3 争点(3)(一審原告の損害額)について (中略) (3)損害額合計 346万2582円 (4)賠償責任の制限 争点(1)で判断したとおり、一審原告が一審被告に対して損害賠償を請求することができる範囲は、信義則上、その損害の10%を限度とするのが相当であるところ、一審原告に生じた損害額は346万2582円であるから、一審被告に対して損害賠償を請求することができる範囲は、その10%である34万6258円に限られる。 (5)損害の填補 上記(4)のとおり、一審被告が一審原告に対して負う損害賠償債務の額は34万6258円に限られるところ、前記2において説示したとおり、一審原告はAに対して業務委託料のうち40万円を支払わず、Aも支払を求めていないのであって、実質的にはAから損害賠償債務の弁済を受けたのと同等の効果を得たことになるから、一審原告の一審被告に対する上記損害賠償請求債権はその全額が消滅したことになる。 したがって、一審原告の受領した車両保険の保険金による填補について判断するまでもなく、一審原告は、一審被告に対し、第1事故及び第2事故についての損害賠償を請求することができない。 4 結論 よって、一審原告の請求は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当でないから、これを上記のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第9民事部 裁判長裁判官 相澤眞木 裁判官 廣瀬孝 裁判官佐々木健二は,転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 相澤眞木 以上:4,393文字
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