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令和 7年 7月30日(水):初稿 |
○原告は交差点内での衝突事故(過失割合被告100%)で所有する外国製クラシックカー(時価1000数百万円)の塗装修理について損傷部分塗装ではなく全塗装修理代金765万円に加えて評価損・駐車場代等1504万円の支払を請求しました。 ○原告は、破損部分のみの部分塗装では、色合い、つや、質感等の点でその外観はパッチワーク状態となり、事故に遭った車両であることが一目瞭然となり、被害者の権利回復という不法行為制度の趣旨からすれば少なくとも、損傷部位に対する塗装に限らない全塗装を行うことが必要であり、全塗装修理代金765万円と主張しました。 ○被告は、車両の塗装は、20年以上も経過すれば、部位ごとに程度の異なる経年劣化をするので、部分塗装をすればパッチワークが生じることが必然であるとしても、一般に、塗装劣化が激しい車両に対する修理方法においても部分塗装が通常の対応であり、全塗装の必要性は認められないと主張しました。 ○この事案について、全塗装修理を主張する外国製クラシックカーの塗装範囲を損傷がない部位まで塗装を行うことは必要かつ相当の範囲の修理とは認められないと部分塗装での修理を認定し、事故と因果関係のある修理代金は部分塗装の約438万円と認定した令和5年2月14日東京地裁判決(判時2622号41頁)関連部分を紹介します。 ○判決は、骨董的価値に起因して増加する損害部分はいわゆる特別損害にあたり、塗装修復する損傷部位とこれをしない非損傷部位との塗装状態の差が目立つことになるような、修理方法として万全とはいえないことによる損害は、別途評価損を認め得る場合には当該費目において考慮するのが相当であり、非損傷部位に対する塗装費用自体を修理費用名目の損害として認めることは社会通念上相当でないとしました。 ********************************************* 主 文 1 被告は、原告に対し、735万1625円及びこれに対する平成30年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告に対し、36万円及びこれに対する平成30年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、これを2分し、それぞれを原告と被告の負担とする。 5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、1504万0343円及びこれに対する平成30年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告に対し、45万8332円及びこれに対する平成30年4月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の骨子 本件は、被告が運転する普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が、東京都内の交差点において、対面信号が赤色であるにもかかわらず交差点に進入し、原告が所有及び運転する普通乗用自動車(輸入クラシック・カー。以下「原告車」という。)と衝突した事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告が被告に対し、民法709条に基づき、物的損害1504万0343円及び人的損害45万8332円(それぞれ弁護士費用を含む。)並びにこれらに対する本件事故発生日である平成30年4月30日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下「旧民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実 (中略) 3 争点及び当事者の主張 (1)原告車の相当な修理方法(全塗装の必要性。争点1) (原告の主張) ア 原告車は1967(昭和42)年製の輸入クラシック・カーであり、単なる工業製品としての車両ではなく、骨董品やアンティーク等と同様にその希少性に価値を有しているものであり、塗装状態等の良し悪しによって全塗装の必要性の有無や車両時価が明らかになるものではない。 イ 原告車に対して損傷部位だけを塗装する方法で塗装(部分塗装)をした場合には、色合い、つや、質感等の点でその外観はパッチワーク状態となり、事故に遭った車両であることが一目瞭然となる。被害者の権利回復という不法行為制度の趣旨からすれば、本件事故前の状態に戻す原告車の修理方法としては、本来エージング塗装をすべきものであるが、少なくとも、損傷部位に対する塗装に限らない全塗装を行うことが必要である。 (被告の主張) ア 原告車は本件事故当時から、整備や塗装が完璧に施されていたとはいい難く、原告が主張するような古美術品的な価値が高いレストアの済んだ状態ではなかった。 イ 原告車は本件事故前から補修箇所があったから、部分塗装により初めていわゆるパッチワークの状態が生じるものではなかったし、そもそも車両の塗装は、20年以上も経過すれば、部位ごとに程度の異なる経年劣化をするものであるから、一部塗装をすればパッチワークが生じることが必然であるとしても、一般に、塗装劣化が激しい車両に対する修理方法においても部分塗装が通常の対応であり、全塗装の必要性は認められない。 (中略) 第3 争点に対する判断 1 争点1(原告車の相当な修理方法) (1)不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し、加害者にこれを賠償させることにより、被害者が被った不利益を補填して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであるが(最高裁平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)、損害の公平な分担をも旨とするところであり、交通事故により損傷した車両損害の回復に必要な費用も、社会通念上必要かつ相当な範囲に限って加害者に負担させることを相当とする。 (2)この点、特に製造年の古い希少性の高い輸入車両の車両価値のうちには、車両の機能・グレードに即した価値のほか、古美術品同様に蒐集愛好家の間でのみ通用する骨董的価値をも含んでいるのが公知の経験則といえるが、このような希少車両が公道を通行すること自体、何らかの事故に遭遇して車両が毀損される一定の危険性を内包する行為である一方、その頻度は極めて稀で、他の一般車両運転者において容易には想定し難いことからすると、とりわけ骨董的価値の高い車両を走行させる場合には、走行させる者において、この危険性に対して細心の注意を払うことや、その危険性に見合った美術品運搬時と同様の保険加入などの高度の自衛措置をとることが社会通念上求められるものというべきである。 以上の事情に鑑みると、特に骨董的価値の高い希少車両が交通事故により毀損された場合、専らその骨董的価値に起因して増加する損害部分はいわゆる特別損害に当たるものというべきであって、一般高級車両であることを超えてそうした特別な価値を有する車両である事情を知悉する者が加害者であるなどの特段の事情がある場合を除いて、加害者による填補の対象とすべき車両損害の範囲としては、相応の頻度で公道を通行している一般高級車両を毀損した場合においても認められる通常損害の範囲でこれを認めるのが損害の公平な分担に適うというべきである。 (3)これを本件の原告車の修理方法に即してみると、交通事故により車両が部分的に損傷した場合、通常の損害として必要かつ相当な修理方法としては、当該損傷部位の形状及び塗装を交通事故前の原状に回復するために必要な修理の範囲というべきであり、塗装修理において損傷部位以外に塗装を施さないと損傷部位と損傷部位以外の塗装の差が生じる場合であっても、当該損傷部位を超えて損傷がない部位まで塗装を行うことは、一般には過剰であって、必要かつ相当の範囲の修理であるとは認められないというべきである。 交通事故の被害車両が高級車両の場合、一般の高級車両であったとしても、塗装修復する損傷部位とこれをしない非損傷部位との塗装状態の差が目立つことになれば、車両としての価値が減損することは考え得るが、このように修理方法として必ずしも万全とまではいえないことによる損害は、修理方法により生じる塗装の差の程度や交通事故前の車両の状態等に応じて市場における価値が下落する蓋然性を考慮して、別途評価損を認め得る場合には当該損害費目において考慮するのが相当であり、非損傷部位に対する塗装に要する費用自体を修理費用名目の損害として認めることは、損害賠償の対象の外延を画することを困難にすることからも、社会通念上相当でないというべきである。 2 争点2(物的損害の額) 以上を前提に、原告車の具体的な物的損害額を検討すると、以下のとおりである。 (1)修理費用 437万8201円 ア 証拠(甲8、28)によれば、原告車は、本件事故により、右リアタイヤとこれを覆う位置にある右リアクォータパネルから右ドアパネルの後方末端部にかけて損傷し、特に右リアタイヤ後方のクォータパネル部とリアバンパの凹損が著しいところ、原告車は、左右のリアクォータパネルとバックパネルが一体となって曲面成形された1個の部材を構成しており(以下、この1個の部材を「本件パネル」という。)、クロムメッキを施されたリアバンパも、本件パネルの上層に、左リアクォータパネル部からバックパネル部を経由して右クォータパネル部に至るコの字状に、車体の外側にせり出す形で取り付けられていることが認められる。 これによれば、原告車の原状回復作業として、本件事故により直接損傷した右ドアパネル、本件パネルの右クォータパネル部及びリアバンパの成形・加工やこれを実施するための周辺部品も含めた脱着に加えて、特に凹損の著しい本件パネル部の下層部品の点検・交換・調整、並びに右リアタイヤの交換等が必要であると認められる。また、本件パネルにおいては凹損の程度が大きいため、その成形作業時には本件パネル全体を見渡して形状を調整する等の板金作業も必要になると見込まれるところ、これに伴う塗膜のはがれ等に対応した本件パネル全体の塗装も、本件事故前の原状を回復するために必要になると認められる。 イ 証拠(甲74)及び弁論の全趣旨によれば、ONDA技研が発行した令和3年1月15日付け〔1〕ないし〔5〕の5葉から成る請求書のうち〔1〕ないし〔3〕(甲70ないし72)が概ねこれらに対応する作業費用であり、有限会社狸穴工房(以下「狸穴工房」という。)が発行した令和元年10月1日付け請求書(甲75)及び令和2年10月13日付け請求書(甲78)並びに同年9月10日付け請求書(甲77)のうち「ポラーニ ワイヤースポークホイール」及びその輸入費用と考えられる「シッピング・ハンドリング」に係る合計62万9000円(税抜き)がこれらの作業に対応する部品輸入代であることが認められるから、原告車の修理費用は、基本的にこれらの請求書における計上金額に基づいて算定するのが相当である。 (中略) ウ 以上によると、本件事故と相当因果関係のある原告車の修理費用は、437万8201円となる。 (中略) 第4 結論 以上によれば、原告は、被告に対し、民法709条に基づき、物的損害735万1625円及び人的損害36万円並びにこれらに対する平成30年4月30日(不法行為日)から支払済みまで旧民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 よって、原告の本件請求は上記の限度で理由があるからその範囲でこれらを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととする。 東京地方裁判所民事第27部 裁判長裁判官 平山馨 裁判官 島崎卓二 裁判官 大畑朋寛 以上:4,833文字
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