○弁護士4人で毎月1回Zoom会議として判例時報の勉強会を開催し、判例時報令和7年12月1日2633号が私の担当で令和8年1月初めに何れかの判例をピックアップしてレポートしなければなりません。同号掲載判例では、トップに◎をつけた最高裁判例として、検察官が被疑者として取り調べた者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体が、民事訴訟法220条三号所定のいわゆる法律関係文書に該当するとして文書提出命令の申立てがされた場合に、刑事訴訟法47条に基づきその提出を拒否した上記記録媒体の所持者である国の判断が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとされた令和6年10月16日最高裁決定(判時2633号○頁)が掲載されており、これをレポートする必要があります。
○民事・刑事訴訟法の問題で、受験科目に民事訴訟法を選択せず、刑事訴訟を選択して結構勉強しましたが、刑事事件引退宣言をしてここ20年近く刑事事件をしなかった私は刑訴法もスッカリ忘れており、難解な判例です(^^;)。以下、関係条文です。
民事訴訟法第220条(文書提出義務)
次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
(略)
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき。
刑事訴訟法47条
訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。
○その最高裁決定について、〔最高裁判所裁判集民事〕では、以下の通り解説されています。
刑事事件の被疑者の1人として逮捕、勾留され、上記刑事事件について起訴されたが、無罪判決を受けたXが、上記の逮捕、勾留及び起訴が違法であると主張して国家賠償を求める本案訴訟において、検察官がEを上記刑事事件の被疑者の1人として取り調べる際にAの供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体のうちXに係る上記刑事事件の公判において取り調べられなかった部分について、民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当することを理由として文書提出命令の申立てをした
これについて刑訴法47条に基づきその提出を拒否した上記部分の所持者である国の判断は、次の(1)~(3)など判示の事情の下では、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものである。
(1)上記本案訴訟においては、EがXとの共謀の有無に関連して従前と異なる供述をするに至ったことに対する検察官Hの言動の影響の有無、程度、内容等が深刻に争われているところ、その審理を担当する原々審は、上記部分がHのEに対する取調べの具体的状況及び内容を立証するのに最も適切な証拠であり、上記記録媒体の一部分の反訳書面や人証によって代替することは困難であるとして、上記部分を取り調べる必要性の程度が高いと判断した。
(2)Xが、Eに対し、Aが上記の供述をしたこと等によりXをえん罪に陥れたと主張して損害賠償を求める訴訟において、XとEとの間に訴訟上の和解が成立し、上記和解において、Eが上記記録媒体の証拠採用に反対せず、XもEのプライバシーの保護に最大限配慮することを明確に合意している。
(3)上記刑事事件に関与したとされる者のうち、Xについては無罪判決が確定し、X以外の者について捜査や公判が続けられていることもうかがわれない。
○この際高裁決定の前半部分は以下の通りです。最高裁決定としては長いもので2回に分けて内容検討します。
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主 文
1 原決定中、別紙目録記載の部分に関する部分を破棄し、同部分につき相手方の抗告を棄却する。
2 原々決定主文第1項及び1頁25行目に「D」とあるのをいずれも「E」と更正する。
3 抗告手続の総費用は相手方の負担とする。
理 由
抗告代理人○○○○、同○○○○の抗告理由について
1 抗告人は、複数の者が共同して実行したとされる学校法人Fを被害者とする大阪地方検察庁の捜査に係る業務上横領事件(刑訴法301条の2第1項3号に掲げる事件。以下「本件横領事件」という。)の被疑者の1人として逮捕、勾留され、本件横領事件について起訴されたが、無罪判決(以下「本件無罪判決」という。)を受け、これが確定した者である。
本件の本案訴訟(大阪地方裁判所令和4年(ワ)第2537号損害賠償請求事件。以下「本件本案訴訟」という。)は、抗告人が、上記の逮捕、勾留及び起訴が違法であるなどと主張して、相手方に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるものである。
本件は、抗告人が、検察官がEを本件横領事件の被疑者の1人として取り調べる際にEの供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体(以下「本件記録媒体」という。)等について、民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」(以下、同号のこの部分を「民訴法220条3号後段」といい、この場合に係る文書を「法律関係文書」という。)に該当するなどと主張して、文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。
本件では、本件記録媒体であって相手方が所持するもののうち、抗告人に係る本件横領事件の公判(以下「本件刑事公判」という。)において取り調べられなかった別紙目録記載の部分(以下、この部分を「本件公判不提出部分」、本件刑事公判において取り調べられた部分を「本件公判提出部分」といい、両者を併せて「本件対象部分」という。)について、相手方が同号に基づく提出義務を負うか否かなどが争われている。
2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1)本件横領事件は、概要、Fの理事長であったG、不動産の売買等を事業内容とする会社の代表取締役を務めていた抗告人及びEほか数名が、共謀の上、Fを売主とする土地の売買契約の手付金として支払われた21億円をGがFのために業務上預かり保管中、これを同人らの用途に充てる目的で横領したというものであった。Gは、抗告人から第三者を通じて貸金18億円を受領し、これによってFの経営権を取得した後、上記手付金をもって上記貸金を返済したとされており、本件横領事件では、抗告人とG及びEらとの共謀の有無に関連して、抗告人が貸付先をG個人又はFのいずれと認識していたのかという点が問題となった。
Eは、本件横領事件の被疑者として、令和元年12月5日に逮捕され、同月6日に勾留されたところ、逮捕された後の当初の取調べでは、抗告人に対して上記貸金の貸付先がG個人であるとの説明はしておらず、その使途はFの再建費用であると説明した旨の供述をしていたが、同月9日以降の取調べでは、抗告人に対して貸付先がG個人であることを説明した旨の供述(以下「本件供述」という。)をするようになった。
抗告人は、本件横領事件の被疑者として、同月16日に逮捕され、同月17日に勾留された後、同月25日に本件横領事件について起訴された。本件刑事公判において、Eは、抗告人に対して貸付先がG個人であることを説明した旨の証言をしたが、その証言内容の信用性が争われ、本件記録媒体のうち同月9日の取調べに係る約50分間の部分(本件公判提出部分)が取り調べられた。令和3年10月28日に本件無罪判決が言い渡され、その理由中において、上記証言内容は信用することができない旨の判断が示された。
(2)
ア 抗告人は、令和4年3月、本件本案訴訟に係る訴えを提起した。
抗告人は、本件本案訴訟において、H検事が取調べ中にEを脅迫するなどの言動をしたため、EはH検事に迎合して虚偽の本件供述をするに至ったものであって、本件供述には信用性がなく、抗告人にはその逮捕当初から本件横領事件の嫌疑が認められない旨を主張し、H検事の上記言動のうち、非言語的要素(人の言動のうち、口調、声の大きさ、表情、身振り等の非言語的なものをいう。以下同じ。)として、大きな音が響き渡る強さで机を叩いたこと、Eを大声で怒鳴りつけたこと等を指摘し、相手方に本件記録媒体及びその反訳書面を証拠として提出することを求めた。
これに対し、相手方は、逮捕当初は抗告人をかばう供述をしていたEが、H検事の説得によって真実である本件供述をするに至ったと評価することが十分可能であるなどと主張し、本件記録媒体の一部分の反訳書面(以下「本件反訳書面」という。)を証拠として提出したが、本件記録媒体は提出しないとの意向を示した。なお、本件反訳書面には、H検事の言動のうち非言語的要素についても、その一部を言語的に表現したものが記載されている。
抗告人は、同年12月、本件申立てをした。抗告人は、本件対象部分により証明すべき事実について、H検事のEに対する取調べの具体的状況及び内容(以下「本件要証事実」という。)であるとしている。
イ 抗告人は、本件申立てに先立ち、Eが本件供述をしたこと等により抗告人をえん罪に陥れたなどと主張して、Eに対し、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起した。令和5年3月、上記訴えに係る訴訟において、抗告人とEとの間で、Eが、本件本案訴訟において本件記録媒体が証拠採用されることを前向きに検討し、反対しないことを確認し、抗告人が、本件記録媒体中のEの顔にモザイクをかけ、声を加工し、プライバシー情報を出さず、報道機関に実名報道を避ける旨を申し入れるなど、Eのプライバシーの保護に最大限配慮することを確認すること等を内容とする訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
(3)原々審は、令和5年9月、相手方に本件対象部分の提出を命じ、その余の本件申立てを却下する決定(原々決定)をした。原々審は、本件公判不提出部分の取調べの必要性について、本件供述の信用性の判断においては、H検事の言動のうち非言語的要素も重要であり、これが客観的に記録されている本件公判不提出部分は、本件要証事実との関係で最も適切な証拠であって、本件反訳書面や人証によって代替することは困難であるから、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いとした。
相手方は、原々決定に対し、即時抗告をした。
3 原審は、相手方に本件公判提出部分の提出を命ずべきものとする一方、要旨次のとおり判断し、本件申立てのうち本件公判不提出部分に係る部分を却下した。
抗告人は、本件刑事公判において本件記録媒体の複製物の提供を受け、これによりEの取調べにおけるH検事の言動を把握した上で、本件本案訴訟において上記言動について具体的な主張立証を行っているところ、抗告人の主張するH検事の言動について、相手方はおおむね争わないとしており、当事者間に争いがあるのは、重要とはいい難いものを除けば、H検事がEを恫喝したかどうかといった発言内容が重視されるものに限られる上、これについても本件公判提出部分や本件反訳書面を取り調べることによって推認することができるから、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いものではない。
また、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出された場合には、これが抗告人側から報道機関等を通じて広く公開される可能性があるところ、Eが本件和解によって本件記録媒体に含まれる自己の名誉やプライバシーといった権利利益の全部を真意に基づいて放棄したなどとみることはできず、本件公判不提出部分が提出されることによってEの名誉、プライバシーが侵害されるおそれがないとはいえない。以上に照らすと、本件公判不提出部分の提出を拒否した相手方の判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとまではいえない。
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